雪女(茂作と巳吉)
昔、横手に 茂作と巳吉という二人のマタギ、居たんだと。
茂作は、年取ったマタギで、
巳吉はマタギの仕事を教わるように、いっつもついて、
山サ行ってやんだと。
ある冬の日、ウサギ狩りに行くべ、
二人一緒に行ってやんだと。
ウサギも居ねえ、キジも居ねえ、
そのうちだんだん山、暗ぐなってふぶいてきたぞ。
(横手の方言は、耳に優しく響きますが、
全国区の読者のために会話のみ方言にします)
ああ、これなら、ふぶいてくるなあ、
どこか炭焼き小屋を探して、
そこで晴れるのを待って帰ることにしよう、
と、茂作が言うので、
二人して、巳吉の探した炭焼き小屋に泊ることにした。
真夜中、巳吉は雪がさらさらと顔にかかって来たので、
ふっと目を覚ました。
隣りで眠っている茂作の方を見た。
茂作の上に、何か白いものが、被さっていた。
「ああ、何だろう(なんだべ)?」
と、見ていたが、
金縛りに逢ったように、
身動き出来なくなっていた。
茂作の上に乗った
何だか分からない白いものが、
顔にフーッと大きな息を吹きかけた。
その白いものが、
自分の上にやってくる!
・・・逃げなくては。白いものから逃げていかねば。
と、思うのだけれど身体が全然動かない。
すると、その白いもの、
茂作の上に乗ってきたように巳吉の上に乗ってきた。
・・・ふっと巳吉と目が合った。
「おめえ、まだ若げえな。
・・・おまえは(おめどこヨ)、殺さねえ、
今日、見たことを誰っサにも言うなよ。
言わねば、おめドコ、殺さねってもいいども、
誰っサでも話してしまえば、
おれ、おめドコ、殺しに行がにゃねがらな」
(要するに、見たことを誰にも言うな。しゃべれば殺しにゆくぞ、
と恐ろしいことを言ったのです)
そういうと、その白いものは、
吹雪の舞う小屋の外にさ~っと、出て行ってしまった。
次の日、二人が戻ってこないので、村の人たちは探しにやって来た。
しかし、茂作はとっくに息絶えていて、
半死半生の巳吉を助けて、村に戻ってきた。
そんなことがあって、何年かして、
巳吉はまた吹雪の日に、横手の街に買い物に来て、
家路につくところだった。
途中で若い娘と出会った。
「何と、おめ、この吹雪の中で、どこへ行くんだ?
(どこサ、行ぐどこだけな?)」
娘「うん、おれヨ、父親にも母親にも(オドもアバも)死なれて、
これから横手の町サ、奉公に行くどこだア」
巳吉「あんた横手の町へ行くったって、途中でふぶくから、
今晩一晩、泊って、明日の午前中に早立ちして行ったらどうか。
おれの家に泊って行けよ。
(何とおめ~、これから横手の町サ、行ぐったば、途中でふぶいてくる。
明日の朝マ、早く行げ。まんず、今晩一晩、泊ってよお。おれサ、泊って行げ)」
と、その娘を連れて、家に戻った。
巳吉は、母親と二人暮らしだった。
母親(アバ)がその娘を見たが、
“何とかわいらしい娘(めんこいわらし)だなあ”
と、感心した。
・・・巳吉も嫁を貰わねばならない年頃だしな
(巳吉サも、嫁っこ貰わねばねえ時期だし、て)
アバ「おめ~よ、横手のその奉公先、身寄りなんだか?」
娘「そうではないんです。私、どこも行くあてがないので、
村の人に奉公に行くように言われて(横手に)来たんです
(んでねんす~。ワタスだば、どこサも行ぐあてねえども、
そこサ奉公にゆけって、村の人に言われてきたんだす)」
アバは、待ってましたとばかりに、一生懸命になって頼んだ。
アバ「そんなら、巳吉の嫁さんになってくれないかな
(んだらよ。おめ~、巳吉のよ、嫁になってけねがア)」
娘は、間髪おかずにすぐに答えた。
娘「はい、はい。巳吉さんのような人なら、
嫁さんになってもいいですよ。
(いいす、いいす。巳吉さんみでんな人だば、嫁さんになってもいいす)」
(ちょっと早すぎるよ、と思いますが、娘には考えがあったのです)
巳吉の嫁になって3年、
3人は気持ちよく、仲良く暮らした。
わらしも1人、2人出来て、その間にアバは亡くなった。
巳吉は、家族を持って幸せに過ごしていた。
何の気苦労もなかった。
ある日、
それはひどくふぶく晩であった。
嫁さんは、炉端で縫い物をして、巳吉も傍で火に当たっていた。
巳吉「こんなにふぶく晩は早く寝た方がいいよ、
おまえも(縫い物を)止めたら?
(こんなふぶぐ晩げだば、早く寝た方がいいやな。おめ~も、止めれでや)」
嫁さん「そうしましょう。これで止めて寝るとしましょうか。
(んだな、んだな。これで止めて寝るが)」
ふっと巳吉は、大変なことをさらりと、口走ったのでした。
巳吉「何と! こんなにふぶくと、あの晩のことを思い出すなあ
(こうふぶくだば、思い出すなや。あの晩のことを)」
そのとたん、な、何と、嫁さんのまなこがグルリと光った。
押し殺した声がした。
「おめ~、その先、言うな」
腹にずしんと響く、別人のような声であった。
うろたえた巳吉が、嫁の顔を見ると、
うわっ、
茂作に息を吹きかけて殺したあの女[おなご]と同じ面[つら]だった。
うわ、うわ、うわわ!
嫁は、続けて言った。
「その先を言うな。しゃべれば、おまえを殺す。
おまえとの間には乳飲み児もいるから、今すぐ殺すわけにいかない。
その先を言うな。誰にもしゃべるな」
(原文:おめ~、その先、しゃべってみればよ。おれ、おめどこ殺さにゃね。だども、おめ~との間に、乳飲み児もいる。おめ~どこ、殺すわけにいかね。おめ~から、その先の話きけば、おれも家[え]、出はって行がねばなんねえ。その先しゃべるな。あど誰っさもしゃべるな)
そう言うと、嫁さんは縫いかけの着物を炉端に残して、
外で吹いている吹雪と一緒にす~っと消えた。
巳吉は、それからというもの、
誰にもこの話をしないようになったそうだ。
【語り部】 | 土屋和夫氏 (1932年生まれ) |
【取材日】 | 2004年2月15日 |
【場 所】 | 横手市、ふれあいセンターかまくら館 |
【方言指導】 | 安宅仁美さん(秋田県東京事務所) |
【取 材】 | 藤井和子 |
雪女
昔々、あったけど。
昔ある村サ、父親と息子の二人、暮らしている家、あったけど。
ある年の冬、吹雪のものすごい日、
炭焼き山サ行った帰りに、
往きは大したことなかったけど、すごい吹雪になって、
命からがらやっと、家サ帰って来たけど。
吹雪で、しょこまぶり(雪まみれ)なった。
雪はらって、囲炉裏サ 当たって、身体暖まってれば、
オトッツア、とろとろ、とろとろと、
囲炉裏のほとりサ、眠ったけどワ。
(新庄方言は、そう難しくないのですが、
次からは皆様の理解のために会話のみ、方言で記します)
息子の音松もつられて眠った。
何か物音がしたような気がして、
音松はふっと目が覚めた。
戸口から、白い着物を着た色の白い女[おなご]が、
髪を後ろに長く垂らして、入って来たところだった。
何だろう、
と思った。
眠ったふりをして、薄目をあけて見た。
この女は、囲炉裏の傍に来て、
オトッツアの眠っているところに近寄ると、
父親の顔にフーッとものすごい息を吹きかけた。
オトッツアは、たちまち凍ってしまって、
息絶えた。
音松は、恐ろしくて恐ろしくてじっと寝たふりをしていたが、
何か感づいたのか、この女は、ぎょろっと音松を見た。
「いいか、このことを誰サにも言うなよ。
しゃべれば、おめえの命、取るからな(取るサケな)」
そう言うと、吹雪の中をスーッと出て行った。
次の日、近所の人を頼んで、父親の葬式を出した。
恐ろしくて、不思議で、
音松は見たことを誰にも一言もしゃべらなかった。
次の年の冬、
ちょうど去年と同じオトッツアが殺された日のように、
ものすごい吹雪の晩だった。
「こんばんは。こんばんは」
と、女の声がした。
“はてな、今頃、こんなにふぶく晩に、誰も来る人はいないはずだ。
道に迷った旅人かもしれないな(道サ迷った旅人でもあんねべか?)”
と思った。
戸を開けると、雪がぱあっと中に入ってきて、
吹雪の中に若い女が立っていた。
道に迷って困っているので、今晩泊めてくれ、
と頼んだ。
こんなに若い娘が、かわいそうだな、
と思って、中に入れた。
「はやく入って、当たれ」
と囲炉裏ばたに連れて行った。
その女は、火をどんどん炊いて、「当たれ、当たれ」と勧めても、
囲炉裏の傍には近寄ろうとしない。
何回も「近くサ来て、当たれ」と言っても、
あんまり寄ってこない。
(そんなにも遠慮するのは、なぜでしょうか?)
音松は、若い男と二人だから、恥ずかしいのかな、と思って、
「今、おれ、雑炊煮て食ったからね(食ったサケ)、
おめえも食え、ほれ」
と、差し出したが、
「はい、はい」
と答えるが、雑炊に手を出さない。
・・・やっぱり、おれが居ると、恥ずかしくて食えないのかな。
(そうでしょうか?
すぐ傍にいても、お互い考えていることは分からないものですね)
音松はそばのたきぎを見せて、
「おれは、もう寝るから、
このたきぎで囲炉裏の火をどんどん焚いて、傍に布団を敷いて寝ろ
(おれよ、寝っサゲて、囲炉裏火、どんどん焚いて、
そばサ、布団敷いて、ここサ寝ろよ)」
音松は、昼間、吹雪の中をたきぎを背負って帰り疲れたので、
そのまま寝てしまった。
次の日の朝、
みそ汁のにおいがぷうんとして、音松は目覚めた。
「あら、何だべ?」
と、流しの方を見ると、
ゆうべの娘が、ご飯の支度をしていた。
「あら、目、醒めやしたか? ご飯にしてくださいな(下せえワ)」
ご飯もみそ汁も出来て、音松はごちそうになった。
・・・夕べ、泊めて頂いたお礼です。
娘は、はきはきと礼を言った。
その日も大吹雪だった。
音松は、昨日から明日も吹雪だな、と思って
二日釜してきたのだ。
(本沢所長によると、炭焼きは毎日行かないといけないが、
二日保つように釜を手当することを二日釜という)
音松「おれ、二日釜をしてきたから、山に行かなくてもいいから、
ゆっくり話すつもりだ
(二日釜してきたサケ、行がねたっていいサケ、ゆっくり話すっぺワ)」
と言った。
娘の話をじっくり聞くつもりだった。
音松「おめえ、これからどこへ行くのだ?(どこサ、行くなだや~)」
娘「おれ、お雪っていう名で、
遠く江戸から来たのだけれど(来たなだけど)、
遠くの親戚たどって行くのです。身寄りも何にもねえのです」
音松「そりゃ、大変だな。親もいねえのか?」
二人はずっと囲炉裏端で、話をした。
男と女の中なので、話はどんどんある方向に向かうのですね。
途中から、なぜかもじもじし始めて、
顔が火照り始めた音松だった。
ついに顔を真っ赤にして、音松は口にした。
「おめえ、遠くの親戚サ、今から探して行くのなら、
お、おれの、よ、よめさんになって、ここで住まってくれないか?
(行くのだもんだったら、
おれの嫁なって、ここで住んでて、きらんねべかや~)」
その娘、恥ずかしそうに、
こっくりした。
音松はぱっと立ち上がって言った。
「隣のおやじに話してくるよっ(隣のオトサ、行って話して来るウ)」
吹雪の中を、隣の家まで走って行くと、
「オトッツアン、
おれの嫁さんになってもいいという人がいた。早く来てくれ!
(おれの嫁っこ、なってもいいって言う人、居たハゲて、早く来てケロ)」
隣のオヤジさんも喜んでくれた。
「おれ、いい娘がいたら、音松に貰ってやらねば、と思っていた。
何だ、何だ! 良かったな
(いいのがいたこんだら、音松とこ、貰ってきんねえね、と思っていたとこだ。
何ど、何ど、えがったな!)」
隣のオヤジさんが音松の家に来た。
囲炉裏の傍に、恥ずかしそうにうつむいている娘を見て、
やさしそうないい娘だと思った。
オヤジ「いかったな、いかったな。こりゃ、名前、何~?」
娘「お雪です」
オヤジ「お雪さんて名か。まずまずよかった。
音松と一緒になってここに居てくれよな
(ほんだらまんず、まんずえかった。音松と一緒なって、ここに居てケロな)」
オヤジさんはすぐに自分の家にとって返して、
「かか、かか。早くどぶろく、出せ」
どぶろくを抱えると、
「かか、おめえも来い!」
音松の囲炉裏端で、
形ばかりの三三九度を執り行った。
それから音松はお雪と暮らすようになった。
・・・名前は、お雪というが、
都育ちなので、山の炭焼きなどしたこともないだろう、
と思った。
2日ばかり経ってから、言ってみた。
「おれ、今日は山に行くから、留守番をしてろよ
(今日サ、山サ行って来っサゲ、おめえ、留守番してろワな)」
「あんた、私だって行けるよ(アンツア、おれだって行げる)」
山歩きの早いこと。
チャッチャッ、チャッチャッ。
音松が負ける程、速く歩いた。
・・・ほう、大したもんだな。
音松は、炭焼きしながら、楽しく暮らした。
二人の間に、男ンボコ(赤ん坊)も生まれた。
家族を持って、音松は幸せいっぱい、
幸福すぎる毎日だった。
ある年の夏、それは祭りの日だった。
親子3人で鎮守の森をずっ~と見て回り、
帰りがけに屋台のかき氷屋に立ち寄ることになった。
お雪は、かき氷を何杯も何杯もお代わりした。
・・・何だ、腹が痛くなるよ(何だって、腹痛くすんねべか!)
と、音松は心配した。
(お雪が氷をめちゃめちゃ食っても、
スーちゃんは、“あ、そう”と、思いますけど。)
家に戻って、音松と子どもと三人、
川の字になって、布団を敷いて寝ていた。
と、お雪は不思議なことを口にした。
涙をぽろり、ぽろりとこぼしていた。
「おれは、下の世界の神様から言われて(ここに)きた。
もうじき帰らなくてはならない。
この子どもを置いて帰るが、それがいつだかわからない
(帰らんねばなんねんだ。このウボコ、置いて帰らなんねんだ。
それがいつだか、分んねっす)」
また冬がきた。
吹雪がゴウゴウと吹く夜だった。
子どもは3つか4つ、かわいい盛りだった。
生活も安定して、音松は幸せを満喫していた。
お雪は子どもを寝かしつけ、流しに立っていた。
音松「そうだな、オトッツアの死んだ夜も、こんな吹雪の夜だったなあ
(んだな、おれのオトッツア、死んだ夜も、こげた吹雪の夜だったな)」
お雪はとたんに恐ろしい声で言った。
「アンツア、おめえ、言ってしまったな!」
それこそそれこそ、真っ青な顔になって、
黒い髪を後ろにざらりと下ろして、こう言った。
「(おまえが)約束を破ってしまったから、ここには居られないんだ。
帰るワ(約束、破った。おれ、ここサ、いらんねえんだ。帰るわ)」
と、鬼のような恐ろしい顔をして言った。
「あらら、お雪、わるいこと言った。もう言わねえでケロ」
「おれは、氷の世界から、
あんたの親父を殺したから(おめえのオヤジば殺したハゲて)、
“何年間か息子サ償って来い”って氷の神様に言われてきたのだ」
「おめえが、あんまり優しいから、長く居すぎたのだ。
もうこれでおさらばだ!」
長い髪をふり乱して、青白い顔に白い着物の裾を引きながら、
ざーっと外に飛んで行った。
音松は子どもと二人して、
「お雪や、お雪やあ~、戻ってケロよ」
いくら叫んでもお雪は二度と、姿を見せなかった。
だから、約束は守らねばならないものだ
(ほんだサゲて、約束ちゃ、守らねでもんだけど)。
【語り手】 | 斉藤しづえ氏 (大正12年<1923年>3月27日生まれ) |
【取材日】 | 2002年5月5日 |
【場 所】 | 山形県新庄市、ふるさと歴史センター |
【コーディネーター】 | 大友 義助氏 |
【方言指導】 | 本澤 邦廣氏(山形県観光物産センター、所長) |
【取 材】 | 藤井和子 |
雪女[ゆきおんな]は、雪の妖怪。
本編の2話は、同じように雪女をテーマとした民話である。
初めの秋田県横手市の方は、
巷間、人口に膾炙[かいしゃ]されている有名な筋であり、
いわば雪女民話の定型となっている。
後ろの山形県新庄市のは、
同じ雪女をテーマとしながらも細部が異なり、
新庄市独自のエピソードが加わってきていて興味深い。
ご存知のように、「雪女」は、
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『怪談』の中でも
「耳無し芳一」と並ぶ最も有名な怪談話の一つ。
八雲の「雪女」の様に、
色の白い美しい女性として語られることが多い。
消えゆく雪の性質から、昔の女性のイメージ、
女性のはかなさを描いている。
かつて約40年も前に、映画化された
(「怪談」1964年東宝映画、小林正樹監督)。
雪女役は岸恵子だったというから、
30歳そこそこの若く美しい岸恵子に出会えるかもしれない。
どういう雪女を演じただろうか。
雪の国、デンマークのアンデルセンの
「雪の女王」の描写は次のようである。
・・・(窓の外の)雪の粒が大きくなって、
ほっそりした美しい女の人になった。
星くずのように白い薄絹を着た氷の女である。
星のように光る目は、落ち着きも安らかさもなかった。
何か、雪女と共通項があるとすれば、
透き通るような白い美しさ、
冷たそうな性格とでも言おうか。
実際に、息を吹きかけて、鳩を殺している。
・・・(山賊の群れに迷い込んだ女の子に)
じゅずかけ鳩たちが言った。
「・・・あんたの探している男の子は、
雪の女王の馬車に腰掛けて、
森の上スレスレに飛んで行ったよ。
雪の女王が息を吹きかけたので、
(巣の外にいた)じゅずかけ鳩の子ども達は
みんな死んでしまったよ」
(「アンデルセン童話集」高橋健二訳、小学館刊、1986年)
雪女は、全身全霊の力を込めて、
相手に大息を吹きかけて人を殺す。
そのときは、まぎれのない妖怪の心をもつが、
平和な間は、良妻賢母の役に徹して家族を守る。
本編にはないが、いつまで経っても
昔のままの若い美しさを保っているのは
不思議な属性の一つである。
村娘の延長上にいる雪女と、西欧の氷の女王とでは、
シチュエイションが違うが、
雪女は若者に恋をし、
押しかけ女房さながらに訪れて妻となり、
自分の恋を成就させる。
雪の女王も連れてきた少年の額にキスをして言う。
・・・(少年に)これでもうおまえはキスしてもらえませんよ。
2度目には死ぬからね。
・・・少年は、雪の女王を見つめた。
これ以上賢く、立派で美しい顔はない。
申し分のない人に思えて、少しもこわくなかった。
この人が氷で出来ているとは思わなくなった。
童話とはいえなまめかしい。
女王が、次第に、すてきな女に見えてくる様子は、
“少年のほのかな恋”とでもいえる。
雪女系はフロイトならば、
深淵に潜む性的欲求の発露・シンボルというのであろうか。
雪は、台湾の観光客には雪見旅行が有力商品の
一角をなすように、
南国育ちには神秘的で美しいが、
豪雪地帯に定住する雪国の人々にとっては
煩わしい産物なのだ。
なぜ、雪についての民話が少ないのか、
と尋ねたところ、秋田の人は、
「冬の数ヶ月も雪に閉じこめられる圧迫感は重圧です。
自殺者が多いのも雪が大きな原因。
民話としてもあまり、
雪のことは話したくないのですよ」
しかし、透き通るような結晶の美しさ、
雪山で遭難すると命を奪われる冷酷さ、
雪あかりの村里の暖かな光景など、
民話のなかの雪女は、
雄弁にその多面的な属性を語っている。