鮒[フナ]の恩返し
昔々のこと、奥羽山脈の根っこサ、
仏沢[ほとけざわ]っていう集落があるんだと。
そこに一人暮しの爺さんみてたおとうみてた人、住んでらけど。
山の畑で採れるもの食べたりなんかして、
細々とした暮ししていた(してるなだげぞんや)。
(次からは、全国区の読者の理解のために、会話の後ろに
注として方言を生かします)
今日も鍬[くわ]をかついで出かけた。
山に行く途中に、ワラシ(子ども)達、
4~5人が、がやがや、がやがやとやっている所に出くわした。
「ほんとに面白いなあ、
ピクッと跳ねたり、踊ったりしているよ
(あや、面白いなや、ピクッと跳ねたり、あや、踊ってらアれ、面白えなや)」
・・・何で騒いでいるんだろう?
何だ何だと、おどが分け入って目にしたのは、
ピクピク、ピクピクと動いている鮒っこだった。
おど「お前たち、お前たちよ。
鮒っこは踊ってるのでも、歌ってるのでもないぞ
死ぬほど苦しんでいるのだから、沼に放してやろうよ
(おめ~だ、おめ~だ、鮒っこなの踊ってらでもねえ、歌ってらでもねえぞ。
死ぬどこでひじねしてる時、側の沼っこサ、放してやれでや)」
子ども(ワラシ)達は、
「オレ達がせっかく取ったのに、もったいないよオ
(オラだア、せっかく採ったんだから、いたましべや、いだましでな)」
おど「そんなら、おれにその鮒を売ってくれないか?
(したば、このオドサ、その鮒っこ売ってけれでや)」
わらし「売ってくれって、何ぼで?(売ってけれ? 何ぼでよ?)」
おど「一文やるよ。一文やるから売ってくれ
(一文やる。一文やるってば、売ってけれでや)」
わらし「うわ~、一文! よかったな(えがったなや)」
わらし達「よかった、よかった。店でお菓子を買おうよ
(えがった、えがった。店サ行って、ナジリボッコとアンビ餅、買わア)」
大喜びで、どこかへ行ってしまった。
おどは、鮒に話かけた。
「鮒っこよ。辛かっただろうな。早く沼に入れよ
(鮒っこ、鮒っこ。ヘジネかったべな、早くその沼っこサ、入えれ)」
鮒を放してやると、水の輪を描いてすうっと泳ぎ去った。
おどは畑に行って、晩方に戻ってきた。
晩めしにしようと思っても、文字どおり一文なし、
米を買うお金がない。
“いい、いい。
今夜は牛が食うような葉っぱで我慢しよう
(いい、いい。今夜は、べこの葉っぱで我慢しよ)。”
その時、
戸口にワラシのような女の声がした。
「ごめんください。晩ご飯を作るの、手伝わしてくれませんか
(ごめんしてたんシェ、おれドサ、晩げのママこしゃ、
手伝わしてけねんすべか?)」
おど「おやっ、あんたはどこの人だろう?
(おや、おみゃ~、どこの人だけな?)」
女「うん。おれ、このあたりの人だ」
おどは、腑[ふ]に落ちなかったが、
おど「晩めし作るってもなあ、
おれ、米も味噌もない。何にもないんだよ
(ままっこ、こしゃるって言ったって、おれ、米っこもねえ、味噌っこもねえでや。
何にもねえでや)」
女「おれ、みんな持ってきた」
女は、台所(めんじゃ)に行くと、一品二品とおかずをこしらえて、
「これを食べて下さいな(これ、食べてたんへ)」
食べてみると、美味しくて美味しくて
舌が抜けるほど旨いおかずだった。
おど「何と何と、どこの人だか分んねえども、まずまずご馳走さん」
女「また明日も来るからね、爺さん
(又明日も来るんてがや、爺[じ]っさん)」
なんてね。
“爺さん?”・・・
おれ、爺さんなんて、まだ早い年なんだけど、
こんな若いヤツからみたらそう見えるんだろうかね。
(ちょっとむくれたでしょうか。)
次の日もやってきた。
ちゃちゃ、ちゃちゃと、すばやくめしを作ってくれた。
と、不思議なことを言った。
娘「あのよ、爺さん、
私がおつゆを作っているところは、見ないでちょうだいね
(おれ、お露作るとこ、見ねえでたんへな)」
人間、見ないでと言われると、
何か見る方に見る方に思いが傾くんですね。
おどは、障子のところからそおっと覗いてみたら、
・・・うわわっ、鍋におしっこを振りまいているぞ!
さあ、さささ・・・あのおしっこを、
おれ旨いって飲んだのかア~(旨いとて飲んだんだべか)。
困った、困った。
見るなと言われていたし・・・
おどは、知らないフリをしようと思った。
やがて娘がおつゆを持ってきて、
「これ食べてくださいな。美味しいよ(これ食べてたんへ。旨いんすど)」
そう言って目の前にお皿を出した。
・・・あの、おしっこが入っている!
おどは、思い出すと、
ぎいっと汁碗を見つめたまま食欲はどこかへ消し飛んだ。
「あれっ、お爺さん、どこか悪いんですか?
(あや~、爺さま、どこか悪いんスゲ?)」
おど「悪くねえ、悪くねえどもシャ~・・・」
娘「そんなら、飲んでくださいな(したら飲んでたんヘ)」
おどは、我慢して一口飲んだが、
ゲゲゲっとやっちまった。
娘「あれっ、爺さま、
約束したのに私のとこ、覗いたんですか?(見てしまったんすべえ)」
と言った。
おどは、見たとも言えず、
そうかといって見なかったとも言えないで、
うつむいて黙っていた。
娘「あや~、見られてしまったのなら仕方がない。
あれはおしっこではないのです(言うんし。おしっこでねえすど。)」
娘は、実は、この間(へだて)助けられた
鮒っこだったと打ち明けた。
・・・とても有難くて、
何とか、かんとかして恩返ししたいと思った、
と話した。
あれはおしっこではなくて、
自分の腹の中から出した白っこだった。
娘は、正体が分かったのでこれからは、来られない、
とさびしそうにいうと、
「ありがとな爺さま、命助けて貰って」
と、礼を言った。
あっという間に、すーっと居なくなってしまった。
“おやまあ、鮒っこだったのか!
鮒っこに面目ない(めぶかねえ)ことをしてしまったな、
おれこそ助けられたのに。”
おどは、そんな風に思いながら、沼のほとりに行って座っていた。
水面を見ていると、どこかでポチ~ンと音がしたが、
鮒っこはもう決して出て来なかった。
おどは、涙ぐんでしまったけど。
これが、「鮒の恩返し」という
仏沢に伝わる昔々の話こ、だんすど。
(昭和5年11月生まれ、千畑民話の会会長)
(秋田県東京事務所産業観光センター)
加藤恵司氏(74歳、国鉄マンOB、東京勤労者つり団体連合会会長)
にフナについて、インタビューをした。
加藤氏は、4歳で釣りの手ほどきを受けて、
7歳になると、一人で電車に乗って、
代々木から四谷の釣堀に弁当持参で出かけて、
親が心配するほど遅くなるまで
釣りに興じたというから、ただ者ではない。
人生のごく初期、それも年齢が一桁時代に、
早くもライフワークを見つけた、
いや釣りの女神に魅入られてしまったような釣り人生を送っている。
もっと驚いたのは、数年前に10時間の手術を受けて、
危なかったときに、三途の川を渡っている時の夢。
な、なんと釣りをしていたのです!
加藤氏「それが不思議なことに、キスは海の魚ですが、
キスを二匹釣っておったのです」
面白い話もいろいろ伺った。
惜しいがパスして主題のマブナに移ろう。
“釣りは、鮒[フナ]に始まり、鮒に終る”
という言い方をよく聞く。
東京では江戸の昔から、
武士や旦那衆の遊びとしての釣りが盛んであった。
江戸には平地が多く、平地に生息するフナは釣り人にとって、
一番身近にいる魚であった。
フナの釣れる時期の3月中旬から5月一杯までは、
川や池、沼等に行けば大量にいるし、元気もよい。
誰でも釣れるので、江戸時代からフナは
入りやすい釣りとして人気があった。
入りやすいものの侮ってはいけない、実は奥も深い。
ここから釣りはフナに始まる、という言い方が出た、
という意見である。
加藤氏は実感を込めて次のように語った。
「“フナに終る”という言い方は・・・フナはごく身近にいるので、
何と言いますか・・・晩年になって、身体が動かなくなっても、
最後の最後まで釣りの醍醐味を味わうことが
出来る釣りということですね」
・・・フナを釣りながら死ぬ、ほどの強烈な意味だろうか?
スーちゃんは、その迫力にギクリとした。
フナ釣りが終ることは、人生も終るという、
目の前の“釣り名人”の言葉には、
何とも言えない含蓄があった。
ヘラブナ(=ゲンゴロウブナ、カワチブナ)は、フナの一族であるが、
本篇の昔話はどうみてもマブナの話なので、割愛する。
ヘラブナの顔を見るのが楽しみという釣り人もいる。(佐原市、大割排水路のヘラブナ)
マブナには、写真で見るように、マブナとしては一般的なキンブナ、
ギンブナの他にニゴロブナとナガブナがいる。
ニゴロブナは、琵琶湖特産で、
有名な鮒ズシはこのフナを漬け込んだものだ。
特有の強い風味を持つ鮒ズシの好き嫌いは、
一口、口にしたとたんにはっきりする。
加藤氏とスーちゃんは期せずして、
“大好き~っ。”と、意見が一致した。
ナガブナは諏訪湖にだけ生息し、
加藤氏はまだ釣ったことがないそうだ。
このほか、金魚に最も近縁の、天然記念物的な鉄魚もいる。
キンブナとギンブナは、面白い魚だ。
ギンブナは、太陽の当り方がよくなかったり、
生育環境が暗いとか狭いと、
1年以内に、キンブナになるという。
写真でみるように、身体の上部がうっすらと黄金色に変化していく。
むろん初めからキンブナに生まれつくのが普通だが、
途中からギンブナからキンブナに変わって行くとは謎めいて面白い。
なぜだろうか?
加藤氏は、ギンブナは水郷地帯では多く釣れたが、
ここ20年位は見られなくなっている、という。
マブナには、オスはほとんでいない、
一万匹に一匹という人もいる位、オスはいないそうだ。
本篇の「白っこ」(白子、精巣)は、本来はオスが出すものだが、
そこは民話の世界、
ここではムスメのフナが出した話になっている。
オスが白っこを放出するといっても、
白っこを持つオスはきわめてすくない、と加藤氏。
「60年余の釣り経験の中で
白っ子を持ったオスのフナと確認したのは2尾でした。
いかに少ないか実感してます」
フナの適漁期は主に春、それに秋も釣れる。
春は、3月中頃から乗っ込み(春の産卵期にどっと押し寄せること)
が始まり、5月一杯まで。
秋は水温が下がるので、次第に深い所に移動し、
冬には落ちブナといって湖沼や川底に潜むようになる。
自然条件を選んで、
浅いところに浮き上がってきたり、深いところに沈んだりして
上手に生きているんですね。
フナを釣る秘訣を名人に聞いてみた。
フナは水の動かない所に棲むので、
そこに魚がいるかどうかを見抜くのがポイントであり、
水底の地形を判断することがその第一歩という。
見えない水底をどうやって読むのだろうか。
そこはまさに経験がものをいう独壇場かもしれない。
加藤氏「水の色から深さを見当づけたり、
岸に杭を打っているかどうか、
岸の形から、すぐに深くなっているか、
なだらかに深くなっているかを推測できます」
それに、人の釣りを見ることも大切なことだそうだ。
マブナの釣れる所として、東京近辺では、
佐原北部の与田浦、黒州新堀、中川などを推薦していただいた。
釣り好きな人、分かりましたか?
春浅い頃、魚影を追いながら、
釣り糸を垂れて当りを待つ
・・・早春の風が若草の香りを運んで来る頃、フナを釣る・・・
いいなあ。
何やらわくわくして来るのである。