ぐず人間の巻

(秋田県、北秋田市阿仁)

昔々、阿仁の山奥に、
おとうとアバ(母親)とぐずの三人で暮らしていたけど。

母親「ぐず、ぐず。
あしたは、死んだ爺ちゃんの7回忌なんて、今日は、
一生懸命みんなで頑張って、
法事の準備さんねば、なんねえな。
みんな手伝うんて、頑張ってケレな」

ぐず「分かった」

(こんな調子で話は続きますが、会話のみ方言の注を入れます。)

語る三杉営子さん
語る三杉営子さん

母親「お父さんの作ったドブログが、ちょうど良くなったろうから、
ぐず、二階に上がって、酒を降ろすのを手伝ってくれ。
和尚さんは酒が好きな人だからな
(まず、おとう作ってらドブログ、ちょうど良くなったベ、
和尚さん酒っこ好きな人なんて、二階サ行って、
まず、酒っこ降ろしてケレ。
ぐず、おとうサ行って、手伝ってケレな)

ぐず「分かった」

お父さんが、二階からドブログの瓶を、降ろすところだった。

父親「ぐず、しっかり押さえてくれ、
瓶の尻を押さえておれ!
(しっかり押さえてケレな。瓶ンけつ、押さえてろ!)

父親「さあ、瓶ンけつ押さえたか?」

ぐず「押さえた」

父親「落とすよ」

ぐず「落としてもいい~」

お父さんが瓶を落としたら、
ぐずがつかまえていないものだから、
バチンバチンと落ちてしまった。

父親「おや、おや~、ぐず。
ちゃんと瓶の尻を捕まえておれ、といっただろう?
(何してちゃんと瓶のけつ、つかめてれ~って、言ったベ)

ぐず(けつを)捕まえておったよ
(けつつかめてらべシャ~。)

父親「どれどれ?」

ぐずは、自分のお尻をびっちりと押さえていた。
折角作ったどぶろぐは、
瓶が壊れたので、あたり一面に飛び散ってしまった。

父親「困ったなあ、ぐず。
そんなら、今度は、母さんの所に行って、手伝って来い
(ヘバ今度は、あばサ行って、手伝って来い!)

ぐず「分かった」

ぐず「母さん、父さんに怒られて仕舞った。
何を手伝えばいいか?
(アバ、お父に怒られてしまった。ごしゃかげた。
何、手伝えばいい?)

母親「あ、明日、和尚さんの好きな豆を煮るので、
おまえ、ちゃんとその豆の煮えるのを見てくれよ
(あ、明日シャ~、和尚さんの好きな豆、煮てらって、
おめえ、ちゃんとその豆、煮てるの見てれ。)

ぐず「はい」

豆は、グズグズと煮えてきた。

だんだん煮えて来ると、グズグズと音を立てた。

(煮える音)グズグズ  ぐず「はい」

グズグズ     ぐず「はい」

グズグズ     ぐず「はい」

グズグズ     ぐず「はい」

グズグズ・・・
その度にぐずが、はい、はい、はい、はい、と、返事した。
も~オ、ぐずは、我慢が出来なくなった。
ついにかんしゃくを起こして、

ぐず「うるさいっ、グズグズ、グズグズ
何回しゃべれば止めるのかっ、
分かったよッ
(うるせベッ、何ぼしゃべれば、グズグズ、グズグズ分かったべア)

その鍋を、ひっくり返してしまった。

そこへ、母親がやってきた。

母親「ああ、ああ、うちのぐずにも困ったものだ。
こんなことになって、又煮直さねばダメだなあ。
分ったから、おまえは、そっちへ行ってくれ
(あ~あ、おらえのぐずにも困ったもんだな。
こいなば、又煮直さねば、駄目だバシャ~、
分かった分かった、おめえ、そっちゃへ行ってケレ!)

いよいよ法事の日がやってきた。

母親「ぐず、ぐず、和尚様を迎えに行ってくれ
(ぐず、ぐずウ、和尚様バ、迎えに行ってケレ。)

ぐず「和尚さん?
和尚さんってどいつだ?」

母親「あれっ、和尚さんというのはな、
白い着物を着て、黒い衣をつけている人だ。
それが和尚さんだ。迎えに行ってくれ
(おやおや、和尚さんってバよ、
白え着物着て黒い衣着ているが、ソレ和尚さん。迎えに行ってケレ。)

ぐず「うん、分かった」

ぐずは、出かけた。
寺の前に着いたとき、白と黒の牛が草をはんでいた。

ぐず「あ、和尚さん。
和尚さん、こんにちは」

牛は、もお~と、鳴いた。

ぐず「和尚さん、こんにちは」

「もお~」

ぐず「和尚さん、今日うちに来てくださいな
(おらえの家サ、今日来てけらったベヤ。)」

「もお~」

ぐず「もお~でないよオ。おれの家で待っているって。
早く行かねば、ならないんですウ
(もお~でねえってベヤ。おらえで待ってらって。
早く行かねば、ねえったってバ!)

「もお~」

ぐず「この和尚さんには困ったな。もうもうだ。
仕方が無い、そんならおれがつれて行くワ
(にやにや、この和尚さん困った。
もうもうだ。仕方ねえな。したら、おらついて行くサ。)

口ひもを取って、ぐずは、べこを引いて家に戻った。

ぐず「お母さん、お父さん。和尚さんが来たよ
(かかあ、おとう。和尚さん来たドオ)

母親「はあ、和尚さん。
よくお越しくださいましたなあ
(はあ、はあ。和尚さん、和尚さん。よく来てくらしった。)

そう言って見たところ、
ぐずが連れてきたのは、べこだった。

母親「どうした? こりゃべこじゃないか!
(何したの、これべこダベ!)

ぐず「これ、和尚さんダベ、白と黒だもの」

母親「困った子どもだ、これあ。
分かった、分かったよ
(困ったワラシだ、こりゃな! 分かった分かった。)

ぐずは、おばんちゃ(祖母)の所で、
黙って座っていることになった。

昔から出来ない人のことを“ぐず”と言うが、
これはそういう話です、と三杉さん。

森吉山の夏
森吉山の夏
ニッコウキスゲが美しい。
写真提供:北秋田市

スーちゃんのコメント



【語り部】 三杉営子さん(昭和15年8月生まれ)
【取材日】 2006年10月9日
【場 所】 阿仁町ふるさと文化センター
【同 席】 戸嶋富雄氏、伴朝子さん、黒沢せいこさん
【取 材】 藤井和子

ぐずと聞くと、誰にでも思い当たる人がいるだろう。
例えば、皆が共同で、ある作業をすることがあったとする。
そういう時に、自分のペースを崩さないために、
早く作業を済ませた人が手伝うことになる人とか、
同時に二つのことをやらないで、順々にこなすために、
大事な作業と手を抜いてもいい作業の濃淡をつけられず、
全ての行程に同じように時間を掛ける人。

一人の世界ではよい仕事をするだろうが、
共同作業などの場合には、
相手は死んだような気がするだろう。

そそっかし屋は、即断即決してあとで後悔するが、
自らぐずだと思っている人は、その癖が治らず、
時に人から冷たい視線を投げられて、悩むこともあるはずだ。

というのは、「グズの人にはわけがある」などという
翻訳本が、結構売れている。
原題のキーワードは、“procrastination”というから、
“引き延ばす癖”とでもいうのだろうか。
真実を引き延ばせば、嘘。
物事を引き延ばせば、ぐず、というわけか。

例えば、締切のある仕事の場合、
ぐずだな、と思ってしまう人のぐずの理由を考えてみよう。

完全癖のために、こりにこって、
ついに締切に間に合わなくなる人。

締切の直前にものすごいアドレナリンが出て、
それが一種の習慣性快感となってしまった人。
やきもきしても本人は何処吹く風で、
自分のペースを崩さない。
自分は土壇場になっても出来るんだ、と過信して、
自らに酔ってしまう。

あれやこれや考え、先ざきの心配ばかりして、
行動に出来ないうちに、締切に間に合わなくなる人。

作業を逃げ回って、
遊び回っているうちに締切をやり過ごす人。

あれやこれや、いっぺんに仕事が来ても、
次々安請合いをしてしまう人。

・・・いろいろございます。

こういう表に現れる“ぐず”は、その人の天性?の癖なので、
いったん癖を呑込むと、こちらも対策を立て易い。
ところが、人を傷つける心のぐず、もあるのだな、
と思ったことがあった。

女友達の体験談である。

大学時代の寮生友達だった人に、何年かぶりに電話をした。
ずっと無沙汰していたわけではなく、
少し前にお招きを受けて、
他の友人と二人で家に遊びに行ったらしい。

後日、電話したときには、本人は留守で、
数日してコールバックの電話があった。
いわく「あなたがたとは、
一年に一回会えばいいと思っている」

この話を聞いて、スーは心が凍る思いがした。
女友達らは憤慨して、二度と会う気はなくなったそうだ。

グループ作業で、少し位、作業が遅れることは、
そう問題ではない。
ところが、心のぐず、つまり相手の気持ちを
察することが出来ない “心ののろさ”のために、
人を深く傷つければ、
倍になって跳ね返って来るだろう。

気をつけるべきは、こちらの方ではないだろうか。

阿仁川の錦秋(五味堀)
阿仁川の錦秋(五味堀)
写真提供:北秋田市