蛙女房(びっきの嫁っこ)

(山形県、新庄市)

昔、むかしあったけど。
あっとこに貧乏だ爺さまと、息子居たっけど。
ほうして、ほいだけ貧乏だもんだけ、
誰も嫁の来手、居ねけど。

爺さま「おれみてな家サ、来てけるもんだら、
なんたら嫁っこだていいどもやア、来てける人だもんだら~」

って言ってたけども、貧乏だせいなんだか、
誰も世話する人も居ねば、来てける人も居ねけど。

(次からは、全国区の読者の目で追う容易さを考えて、
会話のみ方言を入れます。)

渡部豊子さん
渡部豊子さん

そうしているうちに、ある晩、

「はいとオ(ごめんください)、お晩ですウ」

と言って来た人があった。
なんだろう、と思って、爺さまが出てみると、
何と背の低い(めちゃこい)、小さな娘だった。
そして、こう言った。

「私でいいなら、嫁に貰ってくれないですか?
(おれで、良えごんだら、嫁っこにしてけんねか)

頭からびしょ濡れなので、

「まず、家に入れ入れ(まず、家サ、へれへれ。)

って言って、家の中に連れて来た。
囲炉裏の前に座らせると、小さくて痩せていて、
まるで3つ4つの子ども位しかなかった。
不思議なことに、雨も降っていないのに、
どうしたことか、頭から濡れている。
“おかしいな。”と思ったが、

「まず、着ているものを干せ、干せ(まず、着るもの干せ、干せ。)

と言って、干させた。

爺さまは思った。

“おれのような家など、誰も来てくれる人はいない。
来てくれるなら、どんなのだって、いいよオ
(おら家みてたものサ、誰もける人、居ねもの、来てけんなだごんたら、
なんぼ痩しえてくてたって何だって、良いっちゃな。)

と思って、嫁っこにしたけど。

嫁っこは、力の要る仕事などは、何にも出来なかった。
それでも、コチャコチャ、コチャコチャと、
とにかくマメに動いた。

まず、人並に表で働けなくても、
家の中のことをコチャコチャ、コチャコチャと片付けてくれれば、
それでもいいかなア、と爺さまは、言っていた。

そのようにして暮らしている内に、
あるとき、嫁っこが頼んだ。

「おとっつあん、おとっつあん。
実家で父親の法事があるので、行かしてもらえないか?
(おらえで法事だサゲて、父親の法事だもんだサゲて、
法事サやってけろや~)

爺さま「そうか、そうか。そんなら行って来いよ
(んだか、んだか。ほんだら行って来るんだな。)

爺さまは、兄ちゃ(息子)

「あに、あに。
法事だから、何か土産を持たせてやらなくてはいけないな
(法事だもんだもの、何かお土産やんねねんねかあ。)

兄ちゃ「そうだな、土産だなんて言ったって、
何にもないんだが
(んだなあ、おれお土産だなんたって、何にもねえんだす。)

兄ちゃ「そんなら、少し残して置いた米の一升も、持たせてやろう。
もったいないけれど、一升、持たせてやろうか?
(っだこったら、少し残して置いた米っこの一升もやっかあ。
もったいねえども、一升もやるべちゃや。)

そう言って、米一升、
小袋に入ったのを風呂敷に包んで、背負わせたら、
・・・あれれ、ベタラッとつぶれてしまったぞ。

爺さま「この嫁は、いったいどうしたんだ!
米一升を背負わすとつぶれてしまった。どうしたんだ
(何だって、いってえこの嫁っこは。
米一升しょわせたてば、つぶってしまった。なえだもんだや)

兄ちゃ「一升しょえないなら、五合かな?
(一升背負えねごんだら、五合かあ?)

一升の米をあけて、五合にして背負わせた。
その五合もやっとのことで、背負った。

爺さまは、息子を呼んで言った。

「あに、あに。
あの嫁ア、一升の米を背負えないなんては、不思議なことだ。
どこへゆくのだか、後を付けてみろ
(あの端者、一升の米、背負えねじゃ、不思議なもんだ。
どごサ行くもんだか、くっついて行ってみろ。)

兄ちゃは、知ら~ないフリして、そっと後をつけて行った。

すると、嫁っこは、
ずーっと、山の方に入って行った。

“おやっ、こっちの方には、家なんかないはずだけどな
(ほうっ~、こっちの方サなの、家なのねえどもな。)

やがて、沼の側に来た。

嫁っこは、キョロキョロ、キョロッと、
こうして(と、渡部さんが辺りを窺う様子をした)辺りを見ると・・・
おやっ、勢いよく、ドボンと沼の中に飛び込んだぞ。

兄ちゃは、

“あれっ、沼に入って行くなんて、一体何者なんだ!
(何だって、この沼サ入って行ったじゃ、何だもんだや?)

沼の側に来ると、沼の淵に耳を当てて、
何か音がしないか、と、水の音を聞いてみた。

すると、ゲロゲロゲロ、ゲコゲコゲコ、
という蛙[びっき]の声がして、

「どうした、遅かったじゃないか、ず~っと待っていたんだよ
(なえだて、遅いがったんねがや、
すこーてま、待っていたったぜワ!)

と話す声が、沼から聞こえてきた。

嫁っこ「うん、だって土産に、米を持って行けって、
米一升、背負わされて、
重くてつぶれたり萎えたりしたものだから、
遅くなってしまったんだ
(んだて、土産に、米持っていねって、米一升、背負わせらって、
重ったくて、つぶったりなえだりしたもんだサゲて、
遅ぐなってすまたなよ。)

蛙達「和尚さんが来たよ、ホラ、法事を始めろ、始めろ。
お経を挙げて貰え
(和尚さん、来たぜワ。ホラ、んだら、法事、始めろ始めろ。
和尚さんにお経、拝んで貰えワ)

兄ちゃはびっくり(どてん)した。
沼の中では、話をしながらも、
ゲロゲロ、ゲロゲロと音がするものだから、

「うわっ、こりゃ蛙の化物じゃないか!
(何だって、蛙[びっき]の化物んねがや!)

蛙達「和尚さん、お経を挙げてください、
ゲロゲロゲロゲロ、ゲロゲロゲロッ
(和尚さん、お経挙げてけろワ。ゲロゲロゲロゲロ、ゲロゲロゲロッ)

と鳴いている。

兄ちゃは、こ~うして辺りを見て、大きな石を取り上げると、
「ドボ~ン」と、沼にぶん投げてやった。

“化物だった、化物だった。”

と、手を叩きながら、家に帰った。

兄ちゃ「お父さん、お父さん。あの嫁っこは蛙の化物だ。
嫁っこに、“遅かったじゃないか、待っていたんだよ。”
なんて言いながら、
ゲロゲロゲロ、ゲロゲロゲロと鳴くところを見ると、
あれは、蛙だな
(おとっつあ、おとっつあ。何だ、あの嫁っこ、ありゃびっきの化物だや!
ゲロゲロゲロ、ゲロゲロゲロって、遅いがったんねがやって。
すこーてま、待ったぜワ、ゲロゲロゲロと言うとこ見つと、
ありゃ、びっきだな。)

爺さま「いやはや(いやいやいや。)

と、びっくりした。

暗くなってから、嫁っこが戻ってきた。

嫁っこ「遅くなってしまって・・・(遅くなりあんしたワ。)

そ知らぬ顔をして、家に入った。

それを見て、爺さまは尋ねた。

「法事、どうだった?(法事、どげだけやあ?)

嫁っこ「法事は、いい塩梅にいったんだけどもよオ
(う~ん、法事はいいあんべえ行ったったどもよお。)

「和尚さんが、お経をあげていると、
頭の上から石が落ちてきて、大怪我をしたから、
大騒ぎしたア!
(何と和尚さんお経あげたれば、頭の上から石、落ちてきて、
和尚さん、大けがしてすまって、大騒ぎだったア!)

兄ちゃ「何を言ってるんだ、おまえは、蛙の化物だろう!
(何言ってっとこ! 二者、びっきの化物だべや!)

ついに口にした。

兄ちゃ「石を落としたのは、おれだ
(石、落としてやったのはオレだあ。)

嫁っこ「あらららら、正体が知れてしまったワ
(あらあ、身明がさったがワ)

そう言うと、たもとで顔を隠した。

すぐに蛙の姿になって、
ビタラ、ビタラと外に出て行った。

だから、嫁っこを貰うときに、
誰だっていいからとか、何だっていいよ、と言わないことだ。
(んださげ、嫁っこ貰うとき、誰だってええだの、
何だてええだのて、言わんねもんだど。)

どんべ すかんこ ねっけど。
矢作家(国の重要文化財建造物指定)
矢作家(国の重要文化財建造物指定)
18世紀中頃の豪農の建築仕様。
新庄市の民話の会は、ここで催されることが多い。

スーちゃんのコメント



【語り部】 渡部豊子氏(1942年9月生まれ)
【取材日】 2004年4月25日
【場 所】 新庄市内(玄柳館)
【取 材】 藤井和子

昔話の中で、人間以外の生き物と結婚
することを異類婚という。
実にいろいろな生き物が、
人間と結婚しているものだ。
へええ、こんな動物まで、と思うくらいである。

人間の男性が、異類の女性と結婚する場合は、
本篇の蛙女房を始め、
既出の鮒[ふな]女房、狐女房(石童丸)(ともに秋田県)
木下順二の戯曲で有名になった鶴女房や、
[はまぐり]女房、神話の蛇女房などがある。
取材が終っている話の中では、
沖縄県(波照間島)の、エイ女房も
エイと竜宮という異界で暮らす漁師の話である。

また、逆に、人間の女性が異類の男性と結婚する話は、
猿婿、蛇婿、鬼婿、犬婿などが有名であるが、
ここでは異類が女性というテーマなので、詳細は割愛する。

さて、どのようにして、異類の女性は、
人間の男性に近づいてくるのだろうか。
友達を介してとか、だれだれの紹介で知り合う
などということは、不可能だ。
人間同士だって、小説になるような出会いはあるが、
誰でも自然に知り合うことを願っているものだ。

スーは、「世界のお茶の会」という小さな会を主宰し、
今までに4組が結婚した出会いの場を作ったことから、
それを実感している。

本篇のように、異類の女性と人間の男性の出会いは、
男の家に、若いきれいな娘が、ひとりで訪ねて来るという、
不自然な設定である。

蛙女房や、つらら女房は、
「嫁さんが欲しいな」と、若い男が口にしたり、
心で願っているのを見透かしたように、
すうっと家に入り込んでくる。
しかも、夜やってくる。

夜・・・異類の棲む世界とこの世が混じり合い、
二つの世界の境目がぼんやりとき。
異類が姿を変えて、何気なくこの世に紛れ込む、
たやすく紛れ込めるから、というのだろうか。

知り合う端緒がないのだから、
異類女は出会いを自分で作る。
異類婚姻譚の昔話は、つねにそこから始まる。

訪ねてくる女の由来は、
昼間、その男に命を助けられた動物が、
娘に化けてやって来る場合が多い。
恩返しのために、妻になり、働くというケースである。
蛙女房の場合は、そういう恩返しのやりとりが、
話の前段に一切ない。

ただ、昔話としては、ユーモラスな話である。
例えば、ふつうの人間の女なら、
150cm程度ある身の丈が60cmしかないし、
重いものは担げない。
無理にかつがせれば、身体がつぶれそうになるなど、
化け娘には蛙の特徴がそこここにある。

異類女の姿の消し方も、特徴がある。
鶴女房では、

「私が機[はた]を織っているところを見ないように」

というタブーを、男が破ったために、居なくなる。
蛙女房の方は、夫にタブーを何も課さない。
後をつけた男が、実家(?)から帰宅した化け女房に、
「石に当たって、和尚さんが大怪我した」
と聞いて、「おまえは、びっきの化物だな」と、
正体を見破ったぞ、と口にする。
すぐさま女は、蛙の姿になって、姿を消す。

人間の男女が、動物や妖怪や化物と結婚する話は、
いろいろあるものの、
結末はつねに別れになるようだ。

異類女の場合は、まめまめしく夫につかえたり、
子をなして幸せに暮らす時もあるが、
男が異類の場合(猿婿、蛇婿、犬婿、鬼むかしなど)は、
異類は死んだり、悲劇的な終わり方をする。

高台から秋の山形県最上町を望む。
高台から秋の山形県最上町を望む。