謹賀新年

スーとスタッフは、今年も、読者の皆様の幸福と健康を心からお祈りします。
「妖怪通信」をご覧になったら、感想やコメント等のお便りや、リンクを張って頂けると有難く思います。
さて、亥年の年初にあたり、今年にふさわしい民話を選びました。
それはね・・・

猪苗代の由来

(福島県、猪苗代町)

昔々のことだ。
猪苗代ていう所は、今みてぐ、田圃なんかなくて、
芦だの葦[よし]だのそんなものしか生えて無え、
あたり一面湿地だった。
畑だといったって、猫の額ほどの畑があっただけだ。
そんなとこに長瀬川があった。
その川はな、暴れ川って呼ばっちな。
なんでかというと、雨、ちいっと降ると溢れて、洪水になっちまう。
それはひどかったツ~話だ。

(こんな調子で語りが始まったのですが、
以下では目で追うときの容易さを考慮しました。)

語る吉崎ミナ子さん
語る吉崎ミナ子さん

そんな所なので、少し雨が降ると、村人は、

「あ~あ、今日も雨か。困ったな。
ちいと雨、降ると、皆流れちまうべし。
食うものもねえし、困ったなあ」

これをみて、大山祇命[おおやまずみのみこと]の神様は、

「人々は大変困っている。何とか助けなければなんねえ。
どうしたらよかんべ~」

と、思案していた。

すると、神様の前をドンドン、ドンドン走り回るものがいた。
よおく見たら、猪でないか!

「おめえ、何やってんだア!」

と、神様が声をかけると、

「おれは、走り回るのが仕事だからなんし~」

と、そんなことを言った。

「じゃあ、ここの人達の役に立つことをやってくんねかな?」

と、猪に頼んだ。
猪は、「ああ、いいべし」そう言うと、
パアッと向こうに走って行った。

仲間を呼び集めると、
泥田をピッチャピッチャ、ピッチャピッチャと走り回って、耕した。
荒地に田圃が出来た。
それからは、米が作れるようになって、
豊かに暮らすことが出来るようになった。

神様は、

「こんな善いことしてくっちゃ、ちいっと猪に、褒美くれないとな」

そう思われた。
猪が作った田圃だから、いつまでも名前が残るように、
猪苗代という名前、つけたんだという話だ。

ざーっとむかし、さかえもうした
猪苗代湖と遠くに磐梯山を覗む
猪苗代湖と遠くに磐梯山を覗む
写真提供:(社)猪苗代観光協会

スーちゃんのコメント



【語り部】 吉崎ミナ子さん(昭和25年生まれ)
【取材日】 2004年2月29日
【場 所】 TEPCO(東京渋谷)
【取 材】 藤井和子

「ブタは猪の家畜化されたもの」と知っていても、
都会の住民にとっては、猪は動物園で見るしかない。
猪とはいったいどんな動物なのか?
イメージが先行して、「猪武者」「猪突猛進」などの、
前しか進まない無鉄砲者の評判を取ってしまったが、
キミってそういう人なの? という問いである。

日本には、世界の30種類のうち、
2種類(ニホンイノシシ、リュウキュウイノシシ)が棲息している。
前者の北限は、仙台市太白区あたりとされ、
後者はやや小型で、薩南諸島から沖縄までに棲息している。

生後3カ月までは、シマウリに似て、
身体に10本近くの白い縦じまがあり、うり坊と呼ばれる。
この頃までは、人なつっこく可愛いので、
つい飼ってみたくなる人もいるというが、
長ずるに従って、ペットとして飼育すると、手に負えなくなる。
次第に野生に戻るからだ。

というのも、彼らは雑食性で食欲旺盛、
作物(芋、豆、柿、栗、竹の子、茸)をはじめ、
ミミズ、タニシ、カエルなど何でも口にする。
体重75~190kg、体長1.1~1.5m。
体型はくさび形で、薮をくぐって活動する。
行動範囲は80km、そこを約一週間かけて一巡するらしい。
繁殖力が強く、春に5~6匹の仔を産む。
一年半で成獣になり、寿命は最長27年程度。

・・・以上の猪情報は、モノの本に書いてあった。
大事な情報なんだ。シンドイが、一気に読んでね。

猪(雌、4歳)
(雌、4歳)
写真提供:東京、多摩動物公園

新聞種として、「疾走してきた猪に、
よける暇もなく衝突された人」
の話があった。
猪突猛進のパワー、それを支える生命力の強さは、
こういった猪の生態なのであろうか。

泥浴びを好み、泥田でころげ回って、
身体をヤニの多い木(松、ツガ)にすり付ける習性を持っている。
巨体を泥まみれにして、走り回る猪。
本篇は、猪のこの一面を捕らえて、民話仕立てにしたのだろう。

山からどどっと5、6頭が群れをなして、里に降りてきて、
米・粟・サツマイモなどの農作物を食い荒す猪に、
農民は手を焼いた。
猪を防御するために、江戸時代(17世紀)以降、
猪垣[ししがき]と呼ばれる土塁、石垣や柵を
山林と田畑の境界に築いた。

小豆島のしし垣(長崎付近)
小豆島のしし垣(長崎付近)
写真提供:小豆島町(商工観光課)

小豆島の山麓には、いまなお万里の長城のように、
延々と延びるしし垣 (土塁、みかけの高さ1.5m程度、巾60cm)
が残っている場所がある。
猪害を食い止めるために、山の斜面を利用して、
鋤や鍬だけで、江戸時代の先祖は大変な汗を流したはずだ。
スーは、故郷の山で、しし垣を目にする度に、
働くことしか知らない、無欲な先祖の野良着姿を
まぶたに浮かべいつもぐ~っとくる。

猪君の行状は、ほぼ分かったが、
猪八戒[ちょはっかい]のことを少し書きたい。
擬人化されているが、猪のイメージをどこかにおわせている、
アノ傑作な人ですよ。
小説「西遊記」の中で三蔵法師の弟子となって、
孫悟空と沙悟浄[しゃごじょう]らとともに、教典を求めて旅をする、
かの有名な八戒氏である。

八戒は、もともとは天界で天の川の水軍を指揮する
元帥だったが、 女に目が無く、あろうことか
月に住む天女にちょっかいを出して、
神様の怒りに触れ、天界を追われた。
人間に生まれ変わるはずが、誤って雌ブタの母親に宿り、
黒ブタの妖怪になっちゃった、というそそっかしい人物?である。
その後、美女にぞっこんとなり押しかけ婿に入った。

初めはしおらしくよく働いたが、
だんだん化けの皮が剥がれてくる。
妖しい猪の化け物になって、孫悟空に退治されそうになる。
いろいろあったが、出会った観音菩薩の慈悲で、
結果として三蔵法師の弟子になり、
14年もかかって天竺まで教典を取りに行くという、
中国明時代の伝奇小説である。

スーは、三蔵法師(深夜テレビで再放送の
夏目雅子の演じた法師は、 威厳と気品に満ちていた。)
や、
兄貴分の賢い孫悟空よりも、
どこかで「ネズミ男」に通じる、人間臭い八戒が面白い。
彼は、楽天的で食欲旺盛、嘘つきで行き当りばったり、
好色で女癖の悪さなどから、ついつい悪運を招いてしまう。

八戒は、猪を誇張して擬人化して、
現実の人間の飾り気のない側面を語っている。
この猪人間(八戎)は、こんな人なのオ、と思うほど、
人騒がせで、ヘッヘッヘな男なのである。