足長手長
昔な、磐梯山にな、
足長手長という化物が住んでいたんだと。
足長というのはな、その名前の通り、足が長えくて、
足を延ばすとな、磐梯山から隣の博士山や明神嶽まで、
ひとまたぎで歩く。
空を真っ暗にして大雨を降らしていたんだと。
そのがなる声は、ものすごくおっかなかったそうな。
手長の方もな、名前の通りに手が長えくて、
手は磐梯山から出ちまって、
猪苗代湖の水、手ですくっては会津盆地にばらまき、
手ですくってはばらまきしてな、
その水で顔をザブザブ、ザブザブ、ザブザブ
洗ったりするでな。
そんな時にはな、そのあたり、大荒れするんだと。
(こんな調子で語りが始まったのですが、
以下では目で追うときの
容易さを考えて、会話のみ方言にして注を入れます。)
足長手長がふうっと息を吹きかけると、大風が吹いたし、
手長が水をばらまくと大雨になった。
橋は、やすやすと流れて、
あたり一面、大洪水になった。
そういうときには、太陽が顔を隠す。
「月に2~3回なら、いいこんだ。
そんだもんだら、まだいい」
毎日、霧ばっかりで、
村人は食うもんが無くて、大変困っていた。
そこに旅の坊さんが、通りかかった。
村人の困った様子を見て、
「じゃあ一つ、
わしが、足長手長の化けもんを退治してやるべ」
その坊さんは、見るからに弱々しく、
やせこけていて貧弱な上に、ボロボロの着物を着ていた。
とても化物を退治する力のありそうな人には、見えなかった。
村人が、
「坊様、止めてください」
と、繰り返し頼んだが耳をかさず、
お経を唱えながら、ずんずん山に登っていった。
山の上に着くと、坊様はどこから出るのか分からないほどの
大声で、化物に呼びかけた。
「お~い、足長手長ア~、居たかあ~?」
すると、上の方から、
「おれ達を呼ぶのは誰じゃ~?」
とがなりながら、二人がけわしい峰の向こうから出てきた。
坊様「お前ら、出来ねえことはねえツーが、
それ、本当かア~」
二人「オレ達に、出来ねえことなんて、何もねえ~だア」
化物達は、あっちの山こっちの山を
足蹴[あしげ]にしながら、
ものすごい声でどなった。
坊様「じゃあ、でっかくなれるか~ア」
すると、足長手長は得意になって、
みるみるうちにでっかくなって、
天まで届いてしまった。
坊様「ありゃりゃ、う~ん、これは、すごい!」
得意満面の化物を見て、すぐに言った。
坊様「でっかくなったが、ちっこくはなれないだろう?
(でっかくはなったが、チンチクはならにくな。)」
二人「チンチク? どの位だア?」
坊様は、懐から小さな小さな壺を取り出して、
「チンチクになって、この壺サ入れるか~?
お前達には、入れまいな!」
化物達は、「へん」と胸を張り、
チンチン、チンチンなんて、言いながら、
壺の中に飛び込んだ。
坊様は、二人が入ったのを見届けると、
壺の蓋をギッチリと締め、
衣の裾でぎりぎりっと丸めた。
化物達は、壺の中で大暴れしたが、
蓋は二度と開かなかった。
坊様は、その壺を磐梯山の頂上に埋めた。
この坊様こそは、弘法大師様だという話もある。
村人は坊様を讃えて、そこに磐梯明神を建てた。
もう2000年以上も前になるが、
誰もその壺を見た人はいない。
また、その側に、今も清水が湧いている。
磐梯山に登る人は、この弘法清水を飲んで力を付けている、
というこんな話だ。
この二人は、夫婦の化物とされている。
足長は天まで届くほどの長い足を持ち、
黒雲を呼び大雨を降らし、がなる声は天地にこだまし、
にらむと目から稲妻が飛ぶ。
妻の手長は、長い手で猪苗代湖の水をすくい、
ばらまいて大雨を降らせる・・・
化物の正体は、磐梯山の火山活動を現している、
とさまざまの本で述べられている。
磐梯山(1819m)の属する磐梯朝日国立公園は、
福島・新潟・山形の3県にまたがり、
総面積18万7041ヘクタールという広大な地域を占めている、
国内3番目に大きな国立公園である(1950年指定)。
その一角をなすのが、磐梯山である。
磐梯山は、1888年に(明治21年)大爆発があり、
山体の崩落で山麓が埋没し、
家屋・山林に大きな被害をもたらした。
死者は461人。
地形が変わり、何本もの川がせき止められて、
五色沼を始め300もの湖や沼ができたという。
記憶に残る読者もいるはずだが、アメリカの
セントヘレンズ火山(1980年5月)の噴火も強烈なものだった。
磐梯山の噴火は、これと同じ水蒸気爆発であった。
水蒸気爆発による噴火では、
地下から上がってきたマグマが一挙に、
地下水を水蒸気と化すため、高圧のガスが吹き上げる。
ガスの勢いで、磐梯山の北側に、岩のなだれが起こり、
重い岩が速いスピードに乗って流れ、
大きな破壊力を引き起こした。
足長手長妖怪の民話は、
山形県と秋田県境の鳥海山(火山)にもあり、
ここでは鬼や毒蛇となって、数々の悪いことをしている。
同じ様な天災を蒙り、
苦しんだ人々が作りだした化物のイメージであろうか。
火山噴火の恐ろしさを少し書いてみよう。
1783年(天明3年)の浅間山大噴火では、
麓の鎌原村(群馬県嬬恋村)を土石なだれが襲った。
山から流出する黒い塊が、あっという間もなく村を襲ったので、
生きながらえたのは、村人570人のうち、
高台にある観音堂に避難していた93人のみと伝えられている。
スーが現地で目にしたのは、
観音堂に登ろうと石段に足をかけた2人の人影だった。
石段に片足をかけ、江戸時代そのままの髪型に
着物を着たまま、 あと30数段の石段の途中で、
高温の土石なだれに巻き込まれて命を落とした人達である。
思わず、拝みましたね。合掌
(鎌原遺跡は、昭和31年に群馬県指定史跡に指定された。)
また、噴火のありさまをリアルに伝える映画がある。
映画「ダンテス・ピーク」(ピアーズ・ブロスナン主演)では、
火山学者に扮したブロスナンが、噴火の与兆を聞いて
山麓の村に調査に入り、美しい女性村長と
ラブロマンスに陥るハリウッド映画である。
村長が「あなたは独身か?」と、
ハンサムな火山学者に聞く。
「危険な仕事だし、世界中どこにでも出張するので、
家庭を持っていない」と、答える
知的で、かっこいい役を好演したブロスナン。
山麓の池に棲む魚達のかすかな異変、
地割れで道が壊れ始める、
静かだが高く噴煙を上げ始める山頂、
火口に命綱をつけて降りる火山調査員達・・・
ついにやってきた轟音と噴火、あとは村じゅうがパニックに。
何といっても噴火シーンそのものが見所だが、
都心の封切り映画館でさえ、揺れるかと思うほどの轟音だった。
夏の定番の、河川敷で催される花火や、
テーマパークの間近でさくれつする花火大会を
数え切れないほど体験したが、
映画なのに火山噴火の轟音は恐怖をあおるからか、
心理的迫力はいや増しに増した。
都市伝説はあるが民話のないアメリカでは、
この映画のような、 サイエンス・フィクション(SF)が、
現代の民話なのかもしれない。
これに比べて、磐梯山の「足長手長」は、
この地域で、歴史が体験した災害が生んだ
重い民話と思える。