小豆とぎとぎ

(鳥取県八頭郡用瀬町)

次の話は、鳥取県八頭[はず]郡用瀬[もちがせ]町に生まれ育った
小松善則氏(獣医、67歳)のお話です。

母上は7年前に93歳で亡くなったのですが、末っ子の小松さんは、
用瀬に伝わる昔からのお話をたっぷり聞いたそうです。

むかし、むかしのことでした。

生まれた町の用瀬の裏通りに
小さい路地があります。
その路地の途中に今も石垣で囲った井戸があります。

親たちは、こう言って子ども達に注意を与えたものでした。

「夕暮れになると“ゴショゴショ”が出るから、
遅くまで遊ばれんよ(遊んだらいけないよ)

「どんなのが出るの?」

と、母親に尋ねました。

「あの井戸の前を通ると豆をゆする音がしてな。
その音がだんだん大きゅうなって、
にゅーっと大けな(大きな)腕が突き出てきてな。
きもん(着物)の裾を、まくり上げるんじゃ」

その「小豆ゴショゴショ」にもちょっと危ないことがあったのです。

ある日、力自慢の大男が

「ワシがばけもんを捕まえてやるわ」

とばかり、やってきました。
井戸に近づくにつれて

「豆ゴショゴショやっ」

という声が次第に大きく聞こえてきました。

井戸からにゅーっと延びた手が
大男の着物の裾を引っ張りました。
その手を力一杯引ったくって、自分の着物の裾も押さえながら
後をも見ずに家路に向かいました。

「ばけもんなど、出りゃせんわ、こわいことないワ」

と叫びながら。

一目散に我が家の敷居をまたぎ、腕をゆるめたとたん、
ゴショゴショは元の古井戸に舞い戻ったのです。

小豆ゴショゴショの像写真
小豆ゴショゴショの像(境港市)
藤井和子撮影
流し雛風景写真
鳥取県用瀬町の流し雛風景(3月3日)
提供:鳥取県観光課

スーちゃんのコメント

小松さんが子どもの頃、
お正月は旧正月で祝い、二月のことでした。

戸外は雪一色。

そのころ雪は40-50cmも積もり、
お母さまが焼いてくれる餅

(この地方は丸餅で、
年末に杵でついたのを水に漬けて置いたり、
壺につめたりして保存する)

を食べながらこの話を聞いたそうです。

小松家は、牛の売買を商い、
この地方の名産のお茶を作ったりカイコを飼う
大きな農家の旧家です。

小松善則氏写真
小松善則氏 撮影:藤井和子