一軒家の怪

(鳥取市八東町)

これは、鳥取市の八東[はっとう]町に伝わる怪談です。
鳥取市にもう60年以上も住んでいる谷口雅江さんから、伺いました。
法事で親類が集まったときにお年寄りから聞いたそうです。

山の奥に一軒家がぽつんとあって、
おじいさんとおばあさんがたいそう仲良く暮らしていました。

「なあ、ばあさんや、わしが先に死んだらな、
墓に入れずに棺桶に入れてこの家に置いて貰おうか」

おばあさんは、

「縁起でもない」

と強く打ち消したものの、
それも寂しくなくてよいかという気になりました。
また、楽しく幸せな日がだいぶ経ちました。

ある日のこと、おばあさんが病いにかかって、
ぽっくり亡くなってしまいました。
おじいさんは、朝起きたとき

「さみしいなあ」

と思い、一人でご飯を食べるときも、ぶつぶつ独り言を言って、
おばあさんに話しかけるのでした。

「そうじゃ、棺桶に入れて、このうちにおいておくことを、
はないた(話した)ことがあったなあ」

と思い出しました。
すぐに死装束を着せて棺桶に入れ、
おばあさんを隣の部屋に運びました。

おばあさんの姿を見ると、
悲しさがこみ上げてきてわんわん泣きたくなるのですが、
必死で涙をこらえます。
三途の川が涙であふれて、
おばあさんが向こうに渡れなくなるからです。

一つ屋根の下にこれからもずっとおばあさんと暮らせるので、
少し気持ちが明るくなりました。

こうして、山の中の一軒家で
二人でまた暮らすようになったのです。

夜もしんしんと更けて真夜中、
隣の部屋から聞き慣れた声が...

「じいさーん、そこにござるかえー」

「居る居る、ここに居るけーな」

それで安心したのか、
それきりおばあさんは黙りました。

(谷口さんは、柔らかな鳥取弁で、おばあさんそっくりの声音で話して
くれました。スーちゃんはかわいそうな気持ちでしいんとしました)

次の日、日がとっぷりと暮れた時、
刀を差したさむらいがやってきて、
一晩泊めてくれと頼みました。

今夜は取り込んでいて、人をお泊めすることは難しい、

とおじいさんは、懸命に断りました。
侍は、こんなに真っ暗で道に迷い、困ってしまった
と粘ります。

根負けしたおじいさんは、
とうとう泊めてあげようと言いました。

近所に用があることを思い出したおじいさんは、
侍に留守番を頼みました。

「隣の部屋に具合の悪いばあさんが、居りますのじゃ...
ただ、モノを言うたら、

“居る居る”

と返事してくだされ。
隣の部屋は決して開けないように」

侍は、

「よろしい、確かに承った」

と、しっかりした声で答えました。
一人で所在なくいろりに当たって、
うとうとしながら留守番をしていました。

そうしたら...

真夜中もすぎ、草木も眠る丑満時、
隣の部屋からしわがれた声がしました。

「じいさん、じいさん、そこにござるかえー」

侍ははっと目を覚まし、おじいさんのことばを思い出しました。

「居る居る。ここに居り申す」

すると、少しいらいらした声がまたたずねます。

「違うでえ、じいさんの声と違うでえ」 と。

(谷口さんの声音はまるで隣の部屋のおばあさんのよう。
スーちゃんはお侍と同じようにゾーッとしました。)

とっさにおじいさんとの約束を忘れて、
隣の部屋のふすまを引き開けました。

棺桶の中から、白い死装束をまとった老婆が、
すっと立ち上がっていたのです。

「うわっ」

と一声、侍は刀を抱えて
一目散にこの家から逃げだしました。

鳥取市写真(空撮)
鳥取市 (空撮)
浪人踊り写真
浪人踊り (鳥取県)
写真提供:鳥取県庁

スーちゃんのコメント

谷口さんはずっと昔に聞いた話なのに
よく覚えて居られます。

語り部の谷口雅江さん写真
語り部の谷口雅江さん
(撮影:藤井和子)

生粋の鳥取弁で、
老夫婦の心情をしみじみと話す語り口は
心にしみこんで来るような深い趣きがありました。
怪談には、方言は
またとないスパイスなのでしょうか。