多鯰[たね]が池の美女

(鳥取市国府町)

国府町は鳥取市の北部にある摩尼山のふもとの町です。
ここには、周囲 キロもある大きな池があり、
その真ん中には中ノ島があります。

むかし、この国府町の宮ノ下に住む長者に女中奉公をしていた
“おたね”という娘が居りました。
福部村の細川から来た、
抜けるように白い肌をした娘でした。

ある冬の夜、この長者の屋敷で、
若者が夜更けまで集まっていたのです。
夜もしんしんと更けてくると
おなかがすいてきました。

「ああ、ハラが減った、なんぞうまいもんが食いたいなあ」

と、食べ物の話に余念がありません。
そのとき、おたねが出てきて

「私がおいしいモノを持ってきてあげましょう」

といって外へ出てゆきました。

少しして、前掛けにいっぱい、うまそうな柿を持ってきました。
若者達は、大喜びでした。

ところが...

おたねは、毎晩のように柿を持って来てくれるのです。
冬だというのにどこから柿を持ってくるのか、
ある若者が不思議に思い、
おたねの後を見え隠れにつけてゆきました。

娘は振り返りもしないで、
すたすたと砂丘を歩いて池の水際まで来ると、
アッという間に白い蛇になって、水の中に消えました。

池の中程にある中ノ島まで泳ぎつくと、
柿の木にするすると登りました。
木には鈴なりの甘柿がたわわに熟していました。

おたねは、その柿をちぎっていたのです。

驚いた若者は我が目をこすりこすり、
這いながら長者の屋敷にとって返しました。

「わ、わしは、腰が抜けそうじゃ」

と、見てきたことをそっくり話しました。

翌日、若者達は連れだって、中ノ島に渡ったところ、
椿の木の根元に白い蛇がはっているではありませんか。

正体を知られたおたねは、
もう二度と長者の屋敷には戻りませんでした。

たねが池の夏 写真
1. たねが池の夏
晩秋のたねが池 写真
2. 晩秋のたねが池
弁財天の杜 写真
3. 弁財天の杜を望む
写真2のみ鳥取市提供、他は藤井和子撮影

スーちゃんのコメント

夏の昼下がり、スーちゃんは、
このお話を聞かせて頂いた小松善則さん(獣医、69歳)の運転で、
鷲見貞雄氏(鳥取民話の会会長)らと
この多鯰が池を探訪することになりました。

小松氏 写真
中央:小松氏
(撮影:藤井和子)

鳥取の砂丘に向かうこと15分、
クーラーの利いた車中での鷲見氏の興味深いお話です。

「この民話には、蛇が若者達に助けられた、
という前段があったはずです。
今は残念ですがもう分かりません」

うん、とすぐにうなずいたほど説得力がありました。
みなさまは如何ですか?

さて、池へつながる急傾斜になった脇道で車を止めて、
池に向かってぶらぶら降りてゆきました。

まともに降り注ぐ夏の日射しは、
振り払っても、振り払っても身体にまといつくよう。
池のなぎさが白くあつく焼けています。
はるか彼方の対岸の緑の木立ちの間から、
華やかなバンガローの家影が散見します。

小松氏は

「生きていたら100歳になる母と、
おにぎりを持ってここに来たのは戦前だった。
その時には向こう岸は何もなかった」

え、“この前”とは、50年前のこと? 
ここでは時間はゆったり動いているのです。

中ノ島は、そのときと同じように
松で被われています。
どんなに目をこらしても、柿の木には見えませんでした。
こちら岸のずっと向こうに
鬱蒼とした森があるのですが、
そこに弁財天がまつられているそうです。

この池がどうして蛇性と関係があるのか
イマイチ分かりませんが、
妙に観光化へと開発されていないのがグッドでした。