七尋[ななひろ]女房
隠岐の島町(2004年10月1日、西郷町は、周辺と合併して町名が変更した)、
元屋[がんや]のはなしです。
昔、昔、本屋敷という所に若い者が集まって、
「今夜は酒を飲まんや(飲もうよ)」
ということになりました。
中村地区の庄屋、村岡家は造り酒屋で
酒を商う店も出しておりました。
誰か酒を買いに行かねばなりません。
ところが、村岡家へ行くには、途中に墓場があって、
そこには七尋女房という化け物が出るのです。
村の誰もが知っている有名な話でした。
(一尋は両手を一杯に広げた長さ。同席の小室氏が両手を広げて、
「1m60~70cm位かな」と教えてくれましたが、
7尋女房は、11m20~90cmという、とてつもないバカ高さです)
「それじゃ、賃次第じゃ、ワレが行ってもいい」
と、手を挙げたのは、内田孫兵衛でした。
彼は、身の丈6尺5寸(約197cm)、体重は40貫(150kg)近くあって、
ずば抜けて大きく、
隠岐弁慶という異名を取ったほどの人目を引く人でした。
「お前からは酒代を取らんけん、行ってくれえ」
孫兵衛は、2升入りの特大の竹筒を
1本ずつ左右の肩に掛け、
手には長い木の棒を持って出かけたそうです。
どんどん、どんどん歩いて、
暗い中村の道を酒屋へ向います。
やがて墓場に近づくと、
それはそれは背の高い化け物が、
孫兵衛を見おろすように立っていました。
「立っちょうわえ(立っているな)」
と、ちらっと目をくれたのですが、
先ず酒を買うのが先だと思って、
先を急ぎました。
孫兵衛が酒をかついで、再び墓場を通りかかったとき、
居ましたねえ、
髪を振り乱した背の高い化け物が。
彼は、大音声[おんじょう]で呼ばわりました。
「七尋女房、道に降りて来オ~い」
がいな(大きく強そうな)化け物にもかかわらず、
ざんばら髪を振り乱しながら、
案外おとなしく駆け降りてきました。
「えい、やっ」
と、握りしめた木の棒で、化け物のハラの当りを打ちすえ、
そいつがばったり倒れたのを目にするや、
雲を霞とそこを離れました。
「ささ、戻って来たけん、早う戸を開けてくれ。
(ワレが入ったら)すぐ閉めてくれ」
みんなは、孫兵衛が墓場で気を失っているだろうとか、
死んだかもしれない、
等と心配していたので半信半疑。
孫兵衛から、討ち果たして戻ってきたことを聞いて、
酒盛りは、賑やかに盛り上がりました。
孫兵衛は、次第に気持ちよくなって、面白おかしく手柄話をして、
酒席は大いにウケました。
ここで・・・、おかしなことが起こったのです。
彼がちょうど“七尋女房の腹を棒で叩いた”ところ、
話の最高潮に差し掛かったときでした。
部屋の藁壁[わらかべ]から、
異様な毛の生えた大きな手がにゅーっと、
付き出てきたのです。
若者達は、わ~っと声をあげながら、次の間に逃げ込んで、
ブルブル、ブルブル震えておりました。
(藤野さんは、「それから後、どうなったのか、後の話はありません」と、
付け加えました)
スーちゃんのコメント
●隠岐の島、島後[どうご]の人々
2004年10月始め、島後の民話を取材するに当たって、町教育委員会の小室賢治氏には、さまざまの形でサポートして頂いた。
友人を集めて、な、なんと「スーちゃんを勝手に歓迎する会」を開催して下さった。何人かは「妖怪通信」を見てくれていた。島の若い人達(といっても働き盛りの壮年の)数人と、怪しい会をね。
肴は、彼らの推賞する「松浜旅館」特製のおでんと、島の郷土料理「生き鯖のすきやき」。メンバーが持参した自分の蔵出しの隠岐の銘酒は、ぴちぴちとフルーティで旨かったなあ。抜群の地酒と、島だもん、活きのよい海の幸はばっちりの相性。スーちゃんは、何とも朗らかに愉快な人達と、杯をくいくいあけたのでした。
元気印の皆さん、島のために頑張ってね。Good Luck!
(昭和10年<1935年>5月10日生まれ)
同席:小室賢治氏(教育委員会)
小室氏の車で、3人は内田家の墓地の敷地にある
「内田孫兵衛」の碑を見物した。
元屋川を越えてすぐの小高い丘にあった。
この付近一帯は、見渡す限りの純然たるたんぼ地帯。
二毛作の黄金色の稲穂が、
トラクターで次々に刈り取られてゆく。
さわやかな10月の青空がカーンと晴れ渡る下、
稲を干すはて場(写真)の稲が輝いて垂れ下がっていた。
さて、丈のスッ高い化け物のこと。
昔話の中で11m以上もの化け物が
出てきたのは初めてであるが、
自由に大きくなったり縮んだり出来たら、面白いな、
というのは人間の願望と思う。
中でも並外れた大きい人間や、恐龍のような巨大な生物には、
驚異を感じる。
例えば、ギネスブック級の世界一の大男。
世界一の重量男は、力士をTVで見慣れているせいか
余り驚異を感じないのだが、
世界一背の高いギネス男には驚きましたね。
もうかなり前、勤務先に表敬訪問してくれた折り、
スーちゃんは黒山の人だかりに混って見ましたよ。
パキスタン人の若い男性だった。
頭にターバン、アラビア風のコスチュームから、
挿絵で見た「アラビアン・ナイト」の
アラジンのランプの大男を思い浮かべた。
手も足も好きなだけ延びて、こうなったんです、
というような全体に
バランスの取れた大きな人だった。
ギネス史上に残る最も背の高い男は、
な、なんと2m72cm、
1940年測定(イリノイ州のアメリカ人)。
現在生存している世界一ののっぽ男は、
2m35.9cm(チュニジア人、Mr.Radhouane)。
寿命は120歳までは可能と聞くが、
人類はどこまで背が延びるのだろうか?
さて、七尋女房の化け物のこと。
彼女(?)は、
ギネス男の実に5倍以上の背の高さである。
自分を大きくみせて、相手をひるませて喜ぶ化け物なのか、
大きくみせることで自分を防御しているのか、
そのあたりがイマイチ分からない。
案外素直に墓場から降りてきたので、
孫兵衛をおどかすだけの
おとなしい化け物だったのかと思うが、
手をニューッと突き出す辺りは、
自分を防御する目的で
背が高く大きくなったとも思えない。
しかし、悪い山んばのように、
人間を食うためにしつこく追いかけて来たりしない分、
おとなしい化け物のように映る。