火車ばばあ
(島根県江津市波積町)
道下さんの住む波積に伝わる妖怪の話です。
波積町の旧家のおばあさんが亡くなって、
葬式を出すことになりました。
早桶(遺骸を入れるために、杉材で作る急ごしらえの棺)に収めて、
自宅で葬式も終え葬列を組んで墓場に向かったそうです。
土葬の時代でした。
途中で、おかしいことに急に嵐になり、
雨風が激しく吹き付けました。
担いでいる(普通は2人。ちょっと重いときは4人で担ぐ、と道下さん)
早桶が、急に軽くなったような気がしたのです。
担ぎ手は、
“不思議だな”
と、思ったのですが、
口には出さないで墓地に入りました。
道下さんによると、
「出棺のときに、早桶に入った死人の顔を見たら、もう見ん。
親族でさえ、墓場では蓋[ふた]を取らんけーね」
墓に着くと、坊さんにお経を上げてもらいみんなで焼香をする。
埋葬の当番に当たる世話役に
「(あとは)お願いします」
地獄の使者が引く火車(鳥山石燕図)
と挨拶して、
一行は引き上げる。
その時ちょうど
世話役もいなかったので、
担ぎ手の2人は、
なぜ軽くなったのか、だんだん
好奇心で一杯になりました。
「みんな帰って、もう誰も居らん。
ちょっとだけ・・・」
と、早桶の蓋を取って見たところ・・・、
ヤヤヤ、空っぽになっとる!
二人は腰が抜けるほど驚きました。
蓋を取ってはいけない、という習わしなので、
「人には、言うなよ、言うなよ」
と、お互いに言い聞かせながら、
ほうほうの体で、火葬場を走りでました。
帰りにひょいと上を見たときに、二度、びっくり。
大きなタブの木の枝に、
婆さんに着せていた白衣が懸かっていました。
「死人を裸にして、火車ばばあが、盗んで行った!」
鬼瓦
(昭和4年<1929年>3月11日生まれ)
同席:柳原ヒサコ氏
道下さんの話では、以前には
“(死人を)火車ばばあに盗られるけん”
ということで、屋外に出るとすぐ、
早桶を釘でしっかり止めたという。
この話のように、葬列に向かってにわかに嵐が襲い、
激しい風雨で人々はなぎ倒され、
棺の蓋も飛ぶような時、民間伝承では、
“地獄から燃える火に包まれた車、火車が迎えに来る”
とされ、恐ろしく禍々しい[まがまがしい]
ことといわれた。
この話では、おばあさんは生前、
どういう人柄であったか語られていないが、
悪事を積んだ人間とか、
強欲でなさけ知らずの悪どい人間など、
ネガティブな前段があって、
“だから、死んだとき、地獄から迎えに来た”
という結末になるのではないか。
仏教の説話によくある因果応報譚のモデルの一つと思える。
反対に、善行を積み、
村のために尽くしたような徳の高い人は、
極楽から迎えの車が来るのだろうか。
蓮[ハス]に飾られた車に、
管弦を奏でる天女の裳裾がなびく・・・。
どうも、このイメージは、奈良・平安朝ですね。
要するにスーちゃんには、
極楽車の方は何も分からないということが分かったのです。
大多数の人は、
可も無く不可もない人生を送ることが多いため、
上記のどちらも起らないことに
なるのでしょうか?