大江山の酒天童子秘話

(島根県隠岐郡隠岐の島町)

西郷町の隣の都万村(平成16年10月以降は、隠岐の島町都万となり、
西郷町に合併して隠岐の島町になっている)
は、
西郷港から、バスで55分を要する林業の村。
本数が少ないので、バスの時間を語り部の門脇氏とよく相談して、
朝からターミナル駅を出発する。

市街を通過すると、やがて黄金いろの稲穂が稔るたんぼ地帯にはいる。
ここを抜けるとうねうねと続く山道のカーブにさしかかる。
左側の車窓からは都万の海が鈍く光り、
岸近くの小岩には思い思いに水鳥が憩う。
朝もやの太陽が雲間に隠れ、
その光はまるで銀の匙[さじ]を海面に差し込んでいるように、
光の白い輪となっていた。

河野マサ子さんは、80歳を越えた人とは思えない生き生きした人。
よく響く通りのよい声は、講堂で語っても後ろまで聞こえる、
健康な語りであった。

河野マサ子氏 写真
河野マサ子氏

昔、昔ある村にお婆さんと娘のおよし、
隣には吉蔵という若い男が住んでいました。
隣どうし、とても仲良く暮らしていたそうです。

その村ではどうしたことか、
人が死んで葬式をした晩に遺骸が無くなるんです。
掘り返されてね。

“どこそこの家に、葬式があった”

と聞くと、およしは、

「ちょっと番をしてみろうかな」

と言ってすぐさま出かけました。

吉蔵は、いつも死体が無くなるのを、
不思議だな、いったいどうしてかな、と思いました。

ある日、葬式のあった晩に、墓場に出かけて、
草葉の蔭に隠れてそっと見ていました。

夜中の一時頃になったらね、
カタコト、カタコトと音がするんです。

なんじゃろな、

と思ってなおもじっと待っていたら、
白い着物を着た女が、サササササ~ッと姿を現わしました。

新しく埋葬された墓の側に来るとね。
あたりをこうやって窺うようにみて、
棺の蓋をさっと開けた。
死人を引っ張り出して、
パシパシ、パシパシと引き裂いて喰い始めました。

吉蔵は、それが隣のおよしであることを見て、
あまりの驚きで

「ああっ、およしさん!」

と、声を出してしまった。
隣のお婆さんの娘のおよしだったのです。

およしは、きっと振り向くと、

「恥ずかしい所を見られてしまった。
誰にもいわなかったら、許してあげるけん」

と、けぶるような怪しい微笑みを浮かべて言いました。
吉蔵はもう必死です。
命が助かるならと、顔を引きつらせて約束しました。

「ああ、誰にも言わしません。言わしません」。

都万の浜の夕焼け(写真提供:隠岐島後観光協会)
都万の浜の夕焼け(写真提供:隠岐島後観光協会)

ある日、お婆さんは川で洗濯をしていました。
そこへ、吉蔵が通りかかりました。

挨拶くらいで止めておけばよかったのに、
吉蔵はつい秘密をしゃべりたくなりました。

(スーちゃんは、しゃべり神のような神様がいると想いますが、
おそらくそんな邪神に)

背中を押されてしまったのです。
人間、話すな、と言われたら、
必ず口がもつれて話したくなるのが常ですから。

「お婆さん、およしさんはな~、死んだ人間を食べとるよオ」

と、ついに言ってしまったのです。
お婆さんは、
耳が遠いので何回も聞き返しました。

「なんやて。なんやて?
およしが死んだもんを喰うた~とオ?」

お婆さんが言い終わるやいなや、
どこからかおよしがた~っと戻りました。

すごい力で吉蔵の身体をぴっぴっと引き裂いて、
がばがばと食べてしまったのです。

石のように呆然としてつっ立っている
お婆さんに気がつくと、
およしは両手を付いて座って、言いました。

「おかあさん、
何の因果かこんな鬼のような者になってしまいました。
育てて頂いたご恩は決して忘れはしませぬが、
もうここには居れません」

「おかあさんの面倒をずっとみようと思っていたけれど、
それは出来んようになりました。
本当にすみません」

と、顔をあげずに、どっと涙を流しました。

「親不孝を許してください・・・ あ~あ、もう迎えがきます」

およしが天に向かって、ヒューッと口笛を吹いたらね、
たっと雲が降りてきました。
娘が雲に飛び乗ったのをみて、
お婆さんは、後を追い、

“およし~っ”

と金切り声を上げて泣きました。

およしは大江山に行って、
大江山の鬼の先祖になったということです。

酒呑童子の首(大江山絵詞より)
酒呑童子の首(大江山絵詞より)

スーちゃんのコメント



【語り手】 河野マサ子氏
(大正11年<1922年>11月27日生まれ)
【取材日】 2004年10月4日
【場 所】 隠岐の島町都万の自宅、同席は門脇昭辰氏
【取 材】 藤井和子

鬼は代表的な日本の妖怪である。
角を生やし大きな牙を剥き、手には金棒を構え、
裸体にふんどしを締めている。

死後、地獄には冥界の総帥、
閻魔大王(地蔵菩薩の化身)がいて、
生前に嘘つきだった人間は
大王の部下の鬼(羅卒)に舌を抜かれたり、
灼熱地獄や針山を歩かされるという、
元来、仏教色の強い妖怪であった。

また、民衆から見てはみ出しグループとされた山賊や
反体制的な構成員を鬼と呼んで人々は恐れた。

誰でも知っている有名な鬼として、
大江山の酒呑童子がいた。
酒呑童子は、京の都に出没して、
金銀財宝をかすめ盗り美女をさらって食うので、
人々は困り果てていた。

これを退治したのが、源頼光と彼に従う四天王。
酒呑童子を飲ませ酔わせて
首を跳ねたのである。

14世紀に描かれた「大江山絵詞」(伝狩野元信)
という古い絵巻物には、
酒呑童子とのすさまじい戦いの末に、
酒呑童子を滅ぼしたさまや、
頼光一行が、酒呑童子の首級を台に乗せて、
都大路をゆっくり曵きながら行進する光景が描かれている。

台上の酒呑童子は、赤い顔に両目をかっと見開き、
逆立つ頭髪に三本の角を生やした
おどろおどろしい異形の相を示す。

本篇のおよしがこの酒呑童子の先祖
という話は初耳であった。
鬼の血縁を示す系統樹があるのだろうか。