犬の墓
(香川県、小豆島)
小豆島の三都半島の突端に、
山を背にした白浜という荒瀬があります。
その山に伝わる伝説を坂本富子氏が話してくれました。
坂本富子さん
昔、ある武士がシロと呼んで、白い犬を可愛がって飼っていた。
ある日、猟のために山に出かけた。
ついてきたシロは、どうしたことか山に入ると、
しきりに吠える。
「こ、これっ。静かにせんか!」
と、叱った。
進むにつれてますます吠え立てる。
・・・おかしいなあ、いつもはわしの言うことをよくきくが。
・・・何だ、こやつ、わしに向かって吠え立てておる!
前に進む。
今にもかみつきそうな顔で吠えて牙をむく。
・・・これっ、これっ。止めんか!
どんなに怒っても、ますます吠えて、
今にも武士に飛びかかろうとした。
噛みつかれるか、と思った武士は、次の一瞬、
シロの首をはねた。
首はぴゅーんと飛んで、
後ろでらんらんと目を光らせている大蛇に噛みついた。
「おおっ、大蛇がいたか!」
大蛇は、山に入ってきた武士の後を
のろのろとつけてきたのだった。
武士のうしろから一呑みとばかりに、まさに襲いかかろうとした、
その時。
大口を開いた大蛇に気付いたシロは、
命がけで主人を守ろうとしたのだった。
・・・かわいそうなことをした。
シロのこころがはじめて分かった武士は、
涙をこぼしながら、手厚く葬った。
(昭和2年<1927年>4月4日生まれ)
(小豆島高校の同級生、ちゃんと話したのは今回が初めてでした!)
ここまでで終れば「小豆島版・忠犬シロ公物語」であるが、
脇から川井和朗さんは言った。
「白浜の犬塚の話は、
いろいろな人がいろんな話をしています」
実際、別のバージョンでは、
次のように化物が出て来る。
「はじめは小蛇であった。
これを殺すと、たちまち海が荒れて嵐となり、
天にも届くほどの大蛇となって、嵐の波間に消えた」
(『絵本・小豆島のむかし話』より、吉岡敏光著、小豆島新聞社刊、1984年)
実のところ、岬の突端にある白浜の海は、
小豆島から高松市に向かう時に、急に潮目が変わり、
潮の流れが速くなる“危ない箇所”として、
島の人間なら誰知らぬ者のない要注意スポットである。
海に逃げ込んだ化物の話も、
台風で時化[しけ]る白浜の嵐に遭えば、
すさまじい現実味がいや増すに違いない。
坂本さんの話が終った時に、
コーディネーターの谷上氏が腰を浮かしかけて言った。
「よかったら、犬の墓を見に行きませんか?」
聞けば、懇意なイトコが犬の墓を知っているという。
地元の人でなければ探して行くのは難しいらしい。
10月半ばの小豆島は夕方4時半になっても、
陽がさんさんと降り注いでまだ暗くなるにはほど遠い。
空は高く澄み風も爽やか、行こう、行こう。
イトコの出水純一郎さんを先導車に、
谷上氏と公臣[きみおみ]くんとで、
車を連ねて犬の墓の現地に出かけた。
おにぎりを持って出かけたいような、秋の微風が通り過ぎる。
車窓からは瀬戸の海が、
まるで太陽から振りまいた銀の粉がきらめくように、
きらっきらっと光っている。
土庄[とのしょう]町から東隣の池田町を横断して、
三都半島を半周するコースである。
伝統衣装に身を包んで、舳先で二人の男が踊る。
亀山神社前で各地区の太鼓が勢揃いする。
右窓からは眠たそうな美しい瀬戸内海がつねにあり、
舗装の行き届いた山道がくねくねと続く。
昔からのひどい山道は、5年前に完全舗装されたとか。
半島の突端に来たのだろうか、
出水さんの車が突如止まって、雑草の脇に車を寄せた。
「ここから山に登ります」
「え、こんな所から?」
地元の人でなくては、
犬の墓への入り方は、到底分からないだろう。
目印も案内板もない一面の雑草をかき分けて、山に入るのである。
出水さんは、竹の棒を振りながら
さっさっと竹の生い茂る山道に入って行く。
竹薮の中の一筋のけもの道、
うああ、大変な所に来ちゃったな。
出水さん「女の人にはハ-ドかなア。
まさか女性が来ると思わなかったな」
・・・ハメ(まむし)さえいなけりゃ、いいの、いいの。
これも体験だワ。
ス-ちゃんは、田舎の子ですから、ビビったりはしませんでした。
朽ちて横倒しになった竹が、歩を進める度に行く手を阻む。
手を入れないままに捨て置かれた竹薮放置林の行く末である。
ようやく100mも爪先上がりに登った頃、
コンクリートの建物が見えた。
「あれが犬の墓をまつっている神社ですよ」
犬のとはいえ、お墓が神社なの?
と、チラッと思った。
我々は建物の内部に入った。4畳半位の広さである。
欄間に麗々[れいれい]しく掛かり、
砂ほこりが手に付きそうな扁額には、何やらこの神社の由緒が・・・
「(この)山神神社は
日本総鎮守大山祇神社の御分社であることを証明する。
昭和49年3月23日」
・・・うわっ。ぶ、分社って書いているよ!
スーちゃんは、ここが犬の墓であることは、
もう諦めた方がいいと思った。
4人はそれでも、祭壇の前に一列に並んで
手を合わせて拝み、
足元に苦労しながら山を降りた。
山道は、下りの方がスピードがつくため、
前のめりになって危険なのだ。
車を置いたところに降りると、
まさに夕日が海の向こうの山の端に掛かろうとしていた。
出水さん「早く、早く来て!
夕日がしぼんでしまう(つぼんでいく)」
山あいに沈んで行く夕陽は、
朱と赤を掛け合わせた見事なキンアカである。
じりじりと沈む夕日に呼応して、そこここに浮かぶ汽船の影が、
次第次第に黒いシルエットとなって、瀬戸の海に浮かぶ。
一日の終わりを告げる大いなる日没、
次にやってくる漆黒の夜の世界は
もうそこまで迫っているのだ。
小豆島にもまだ、伝説が残っている、
と喜んで帰京した。
・・・ところが。
この神社は、犬の墓ではなかったのですね。
谷上氏いわく
「イトコが勘違いしていた。彼はいままで、
あそこが犬の墓だと思い込んでいたらしい。
村の古老に確かめたところ、
さらに山の中に入ったところに、
建物は無くて墓石だけがあるそうだ。
草木が生い茂り、
簡単には行けない状態になっている・・・。
草類の枯れている2月頃に草木を取り除けば何とか・・・」
スー「あ、ありがとう」