アカナーと鬼

(沖縄県)

沖縄の北谷町[ちゃたん]
阿波根昌栄[あわごんしょうえい]氏に耳よりの話を聞きました。

「キジムナーには、
アカナーというおとなしい兄弟がいたんですよ」

「えっ、本当?」

これは初耳でした。そうですか、
時には仕返しをして結構悪さをするキジムナーに
気だてのいい弟が、ね。
阿波根氏は、

“これは誰も言っていないことですが”

と、口火を切りました。

後出する“人間の始まりと沖縄の風車(カジマヤー)の祝い”
の昔話に、
このアカナーは登場します。
子どもの頃、お年寄りから聞いたアカナーにまつわる昔話と、
その時にみんなで歌った“アカナーの歌”を歌ってくれました。

アカナーとは、

「漁が得意で、キジムナーのように、
魚の目玉だけを取ったりはしない。
大好物は蟹。
月の中に住み、
初めてこの世に誕生した人間の祖先の幼い子どもに、
食べ物として、月から餅を投げて養った」

という妖怪です。

では、アカナーはなぜ、月に住むようになったのでしょうか。

沖縄北部にある大宜味村、田嘉里地区には、
次のような面白い昔話があります。

昔、アカナーと鬼が釣りに行こうと相談した。
アカナーは木の舟を造り、鬼は泥舟を造った。

(もう出だしから、“かちかち山”と同じなんだからネ、
と一瞬興ざめしましたが、面白いんだから!)

アカナーにはたくさん獲物が食いつくが、
鬼にはさっぱり魚が寄り付かない。

鬼はがっかりして尋ねた。

「どうして、こうなんだろうね、アカナーよ」

アカナーは、胸を張って教えた。

「舟のともに、あんたの小便ひっかけて、
梶でどーんとぶっ叩けばいいさア。
魚がうじゃうじゃ寄って来るさア」

鬼は真に受けて、その通りしたら・・・

あ、あ、あ、泥舟はパーンとまっぷたつ、
みるみるうちに沈んでしまった。

アカナーは、

“うわっ、こうしちゃいられない。鬼に喰われる”

と、むちゃくちゃに舟を岡にむけて漕いで陸にぴょんと上がり、
クッスー山(唐辛子山)に、隠れていた。

とうとうずぶ濡れの鬼が向こうから
やって来るのが見えた。
アカナーは猫っかぶりして、そ知らぬふりを決め込んで、
鬼の側をそろりそろりと通り過ぎようとした。

「こらっ、おまえ、唐辛子なんか持って、何している?」

アカナー「これで顔を洗ったら、唐も大和も近くに見えるさあ」

また真に受けた鬼は唐辛子で顔を洗ったから、
さあ大変。
顔はぴりぴりして、くしゃみは出るし、
目は開かなくなってしまった。

“あぶない、今度こそ喰われるぞ”

と肝を冷やしたアカナーは、
池のそば近くの大木、
葉の生い茂ったユシギに登って葉の蔭に隠れていた。
鬼が木の下にやってきて、怒鳴っているのが聞こえた。

「あの野郎、どこへ行った。ただではすまさん!」

鬼は焼けただれた目を水で洗おうとして、
池に写っているアカナーを見て叫んだ。

「やや、おまえ、水の中に隠れていたんだな!
逃がすもんか」

鬼は、池の水を抜くとじゃぶじゃぶ池に入って行って、
アカナーを手で捕まえようとした。
それまで、のんびりと池の中で遊んでいた手長エビや鮒[ふな]
急に水が干上がったので、びっくり仰天、
泥の中でばたばた飛び跳ねた。

鬼は一匹ずつ掴むと、
身体中の毛という毛に縛り付けた。
飾りものの、歩く熊手のようないでたちになった。

(ホラ、寿司屋など客商売の店の神棚に飾っている飾りものの熊手、
お宝をじゃらじゃら、いっぱいつけているアレですね)

アカナーは、小魚で飾りたてた鬼の姿があんまりおかしいので、
我を忘れて“あはは”と笑声をあげた。

鬼は目ざとくアカナーを見つけて、
木に足をかけると、あっという間に登ってきた。
驚いたのはアカナー。

うわっ、もう木のまん中まで来ちゃったよ。

アカナーは、思わず祈った。

「天の神様、
塩汲みでも水汲みでも、お言いつけがあれば、何でも致します。
かわいいと思ってくださるなら、
鉄の梯子[はしご]を天から降ろしてください。
かわいいと思われないのでしたら、
縄でなった梯子を降ろして下さい。
お願いです。早く助けてください」

神様はアカナーの願いを聞き入れて、鉄の梯子を降ろしてやった。
鬼は、よじ登りながら、え~いっと手を延ばして、
片足を掴むと、
喰いちぎってしまった。

痛いよお・・・、

梯子は、アカナーを乗せたまま、静かに天に登った。

謝名城の森 写真
大宜味村、謝名城の森

鬼はアカナーの真似をして猫撫で声で言った。

「神様、お願いでござります。
かわいいと思われるなら鉄の梯子[はしご]を、
かわいいと思われないのなら、
縄の梯子を降ろしてくださりませ」

神様は、鬼の方はいとしいとも何とも思われなかったから、
縄の梯子を降ろしてやった。

鬼が途中までよじ登った時に縄が切れた。

鬼はユシギの幹にドオンとぶち当たって
死んでしまった。

それからというもの、
ユシギの幹には、薮蚊が棲むようになった。
鬼の霊が薮蚊になっているわけさ。

一方、アカナーは月の住人となって、
天の神様のために水汲みや塩汲みをするようになった。

月影は、他府県ではウサギの餅つきというが、
沖縄の大宜味村では
アカナーが桶を担いでいる姿だと言っているよ。

スーちゃんのコメント



【語り部】 (故)山城光次郎氏
(1941年<明治25年>11月22日生まれ)
【取材日】 1983年3月3日
【源話の取材】 比嘉ゆり子、比嘉和夫各氏
【方言からの翻字】 知花孝子氏

この話を語った人は生存していれば112歳ですが、
既に故人となっており、
この話を伝えてくれる語り部は
もはや誰も居なくなってしまいました。
本当に残念なことです。

スーちゃんは、この幻想的で艶やかな昔話を
少しでも残すようにと願って、教育委員会の許可を得て、
「おおぎみの昔話」(大宜味村教育委員会刊、
編集・遠藤庄司<沖縄国際大学教授>、1998年)

を資料として、上記のように再現(間接引用)致しました。

大宜味村に残された昔話では、アカナーはこのように、
今なお月に住んでいる妖怪なのです。
この村では不思議にも、昔からアカナーの面影を残した
不思議な動物が、何度も村人に目撃されています。

ぶながや 絵
相撲を取るぶながや
(絵は、平良景昭氏によるもの)
キジムナー払いのまじないを掛けているところ 写真
自然が残る大宜味村の風景
数年前に滝ふきんで、
ぶながやが目撃されたという。

村人はこれを昔から、“ぶながや”と呼んで
親しみさえ感じています。

“ぶながや”は、「汚されていない川、森だけに棲み、
かにや川蝦を常食としている。
悪さをしない、おとなしい性格」
と言われますが、
これらはアカナーとそっくりです。

そっくりですが、アカナーとは呼ばずに
“ぶながや”と呼んでいます。
現地の方言では、髪がくしゃくしゃと乱れている状態を
“ぶながっている”といい、
そのへんから来た呼称のようです。
ものの本では、沖縄のキジムナーの別の呼び方で
同じ妖怪のことだ、と述べられていますが、
現地の人々は「キジムナーのことではない」と言っています。

アカナーやキジムナーは昔話に出てくる妖怪で
誰れも見たことはありません。
“ぶながや”は現実に出没した生き物とされているので、
妖怪ではなく、この点でもキジムナーとは別物だと思います。

ふるさと資料館 写真
ふるさと資料館
父上の代から集めた大宜味村の資料を展示し、
来館者に説明をする平良景昭氏(67)。

「スーからのお願い」

沖縄の「カジマヤーのパレード風景」の写真を、
お持ちの方が、いらっしゃいましたら、
妖怪通信の方に、
お貸しいただければ幸いです。
尚、ご連絡は、こちらのアドレスまで、
よろしくお願いします。