頭の大きな男

(岩手県、遠野市)

昔あったずもな。
あるところに何もかにも大きな頭の男、あったずもな。
その男は、何もかにも面[つら]つき悪くして歩いてたど。
それを見た友達のサ

「これこれ、おめえ、面付き悪るが、どこか塩梅でも悪るが~」

ってしたと。

(次からは目で追う場合の読み易さを考慮して、
会話文の後ろに方言の注を入れます。)

菊池栄子さん
菊池栄子さん

その男「いやいや、どこも悪くはないんだ。
髪の毛がこんなに延びてしまったが、
どこの床屋に行っても、あんまり頭が大きいので、
切ってくれるところがないんだ
(いやいや、どこも塩梅悪くはねえけど、こりゃこの頭、見てくれろ。
こんなに髪の毛のびてしまったども、どこの床屋サ行っても、
あんまり頭大きいから、切ってける所ねえ。)

友達「何だ、お前、そんなことを苦にしてたのか。
おれが切ってやろう
(何たら、おめえそんたらこと苦してたか。おれ、切ってけるからな。)

それから、その友達、剃刀研ぎをした。
毎日さっさっ、さっさっと研ぎ、
三日三晩かかってようやく砥ぎ終った。
次には、その大きな頭を寄せて、毎日、摺[す]り始めた。
今日も明日もあさっても、毎日のように。
その大きな頭を摺り上げるのに、7日7晩かかったという。

“ああ、これで終った!”

と思ったとたん、頭に傷を付けてしまった。

さあ、血止めをせねば、
と思ってあたりを見回したが、何もない。
着物の袂[たもと]をひょっと見ると、
柿の種が一粒出てきた。

“これでいい。”

とばかりに、傷の所におっつけて、血止めをした。
終ったよ、と言うと、頭の大きな男は、

「いやいや、お蔭さんで頭も軽くなったサ、ありがてエ、ありがてエ」

と言いながら帰って行った。

帰っていったはよかったが、
それから何年か経つと、柿の種から芽がでた。
さあその木のよく育つこと、育つこと。
何ともいえないほど、大きな柿の木になってしまった。
秋になって、真っ赤に熟れた旨そうな柿を取って食べたら、
もう本当に旨かった。
頭の大きな男は、

“こんなに旨い柿、おればかり食ってはいられない
(いやあ、こんなな旨えもの、おれバリ食っていられねえ。)。”

・・・そうだ、お城の殿様サ、持って行かねば。

お城に持って行った。

「殿様もし、殿様もし。
これ、頭の上で成った柿だから、召し上がってください
(頭の上サ成った柿だから、食ってみてがんせ。)

殿様は、喜んで、

「いやあ、いやあ。
そんなな珍しいもの貰って申し訳ねえ」

頭の大きな男は、お土産を貰って帰ってきた。

そうしたら、近所の人達は、

「おらも、頭の上に生えた柿の木に成った柿、食いてえ」

「さあ、おらも食いてえ、われも食いてえ」

「おれサも売れ、われサも売れ」

その柿は、皆売れて無くなった。

(この柿は旨いという殿様のお言葉が評判になって、
“殿様ブランド”になったのでしょうか。)

すると柿屋が怒りだした(ごしぇやいた)

「人、馬鹿にして。
どこに頭の上サ成った柿など、そんなな馬鹿なこと、あるはずねえ。
あの柿の木、みんなして切ってしまえ(しめえ)

みんなして柿の木を切ってしまった。
頭の大きな男は、

“いや、いやあ、頭も軽くなったし、よかったな(えがったな。)。”

と喜んだ。

・・・次の年、秋になった。
その柿の木の根っこに、旨そうなキノコがいっぱい生えてきた。
食ってみたら、その旨いこと。

「おれだけで食ってはいられない。
お城の殿様に持って行かねばな。
(いやいや、おれバリ食っていられね。お城の殿様サ、持って行かねばね。)

と、お城に持って行った。

「殿様もし、殿様もし。
これ頭の上の柿の木の根っこのキノコだから、召し上がってください
(食ってみてがんせ。)

またまた殿様は、大喜びになった。

「いやいや、そんな珍しいもの貰って申し訳ねえ」

またいっぱいおみやげを貰って帰ってきた。

さあ、近所の人達は、わっと押しかけた。

「あや、おらもそのキノコ食いてえ」

「おらも食いてえ、われも食いてえ」

「おれサも売れ、われサも売れ」

キノコは、皆売れて無くなってしまった。

これを知って、キノコ屋が怒りだした(ごしぇやいた)

「人、馬鹿にして。
どこにして、頭の上の柿の木の根っこサ成ったキノコなど、
そんなな馬鹿なことあるハズねえ。
あの柿の木、皆して掘ってしまえ(すまうべす。)

皆でかかって、キノコ屋が柿の木の根っこを掘ってしまった。
そうしたら、何ともいえないほど大きな穴になってしまった。

「こんな穴、どうしたらいいかな
(こんなな穴洞、何じょうしたらいかんべ。)

そこで、水を張って鯉を飼うことにした。

その鯉はどんどん育って、
何ともいえないほど、見事な鯉になった。
食べてみたら、その美味しいこと。
また、「お城の殿様のところに持って行かんべ」と、思った。

「殿様もし、殿様もし。
これ頭の上の池サ放した鯉だから、召し上がってください
(食ってみてがんせ。)

殿様は喜んだ。

「いやいや、いつも珍しいもの貰って申し訳ねえ」

又、帰りに、いっぱいおみやげを貰って帰ってきた。

この評判を聞いて、近所の人達は、わっと押しかけた。

「おれもその鯉食いてえ、
おらもその頭の上の鯉、食ってみてえ」

「おれサも売れ、われサも売れ!」

鯉は皆売れて、無くなってしまった。

そうすると、鯉屋が怒りだした(ごしぇやいた)

「人、馬鹿にして。
どこにして、頭の上の池サ放した鯉など、
そんなな馬鹿なことあるハズねえ。
あの池、皆して埋めてしまえ(すまうべす。)

鯉屋がみんなかかって、大きな池を埋めてしまった。
何ともいえないほど、だだっ広いところができた。

「こんなだだっ広いところを放っておくわけにもいかないが、
どうしたらいいかな
(こんなな、だだっ広い所、ただで置かれねが、何じょもしたらよかんべか。)

「いい、いい。
それなら秋になったら、大根の種でも入れてみたらよかんべか?」

そこで、だだっ広い所に大根の種を一粒、入れてみたそうだ。

(菊池さんは、でーごーと発音した。秋田ではでごでしょうか。)

さあ、この大根も育つわ、育つわ。
途方もなく大きな大根になった。
秋になって掘ってみると、十里[じゅうり]もある大根だったそうだ。

・・・ところが。

その大根をたった二人で食うと、あっという間に無くなった。

語る菊池栄子さん
「郷の家」の会場となった、木組みの舞台檀上に座って語る菊池栄子さん。
マイクがなくてもよく響く声、
間合いの巧みな語りは耳に快い。

ここで菊池さんが、壇上から尋ねた。

「皆さん、なんで無くなったか、
分かりますか?」

「今から食ってみます。ハイ」

「十里の大根でも
たった二た口で無くなったのは、
五里、五里[ゴリ、ゴリ]食うからです。
これで、ただ一枚の葉っぱさえも
無くなったのです」

これが本当のハ、ナ、シ、だとサ。  どんとはれ

スーちゃんのコメント



【語り部】 菊池栄子さん(昭和15年4月生まれ)
【取材日】 2005年9月3日
【場 所】 長野県木島平村の「ふるさとの語り部交流会」、招待の語り部として演じた。
【取 材】 藤井和子
なお、「雌滝の主」も参照されたい。

今月は、スケールの大きな話を集めてみた。
まず、遠野市のとてつもなく頭の大きな男の昔話から。

この男は、自分の頭の上の出来事を
他人事のように冷静に話す。
だいたい頭の上のことを、
下についている眼で見ることは無理なことだ。
だがこの不思議な男は、
頭の上を上空を飛ぶ鳥が眼下の出来事を見るように
「鳥の目」で述べていく。
この男の目は、想像するに、
はるか上空についているのだろう。

化物には、一つ目、二つ目、三つ目というのがいる。
ある読者から便りを貰った。

「二つ目の化物とは、どういう化物ですか?」

察するに、目が左右に並んでいる普通の人間と、
どう違うのですか、という問いであろう。
二つ目とは、人間のように目が左右についているのではなく、
上下に2つ並んでいるヤツだ。

こんな目でモノをみると、一体、どう映るのか?
目は左右に並んでいるので、
ものの遠近差、厚みが分かるが、
上下差でものを見ると、モノはどんなになって映るのか。
折り重なって二重には見えないのかなあ。
考えるだに面白くなる。
(サイエンスの人、教えてね!)

さて、この頭の大きな男は、
鳥の目、つまりはるか上空に目があるという前提だから、
話し自体がすでにファンタジーの世界に入ってゆく。

また、菊池さんの語りの名調子もあずかって、
この話をじっと聞いていると、
ふっと眠気に誘われる。
なぜか?

この話には、同じ言い回しが
3回ずつ出て来ることに気が付く。

冬の遠野風景
冬の遠野風景

例えば、柿の実、キノコ、鯉[こい]
それぞれの話の言い回しはワンパターンである。
つまり、

「殿様もし・・・」

「そんなな珍しいもの貰って申し訳ねえ」

「人、馬鹿にして。
どこにして・・・そんなな馬鹿なことあるハズねえ」

「おらも食いてえ、われも食いてえ」

「おれサも売れ、われサも売れ」

3回も同じ言い回しなの?
と、表現を少しずつ変えたい気持ちに動かされる。

“同じ表現で原稿を書くな、少しずつ変えよ。”

は、入社したての新入社員の頃から、
出版社では厳しく教育されることだ。

だが、三回おなじ言い方を繰り返すのが
この話の特徴、持ち味のようである。
しかも話の筋は、直線的にずんずん進行するので、
一度聞いただけでも覚えてしまうほど単純だ。

頭の上で、柿の種から柿が成った。

→木を切るとキノコが生えた。

→柿の木の跡地を掘った。

→池が出来た。

→鯉が育った。

→池を埋めて広い土地ができた。

→大根を植えた。

例えば、二人の掛合でこの話を始めると、
大根の次はどうなるの? その次は?
と、果てしなく話が続くだろう。
子どもの頃、
なす→スイカ→かばん、ん? あ、困ったなんてね。
遊びましたよね!

この感じが、話になったように、延々と続くと思う。

けた外れに大きな設定の中で、
ゆっくりゆっくり進むシンプルな話の筋。
ウソっぽさに、にやにやしながら、
ぬるい湯に浸かっているいるような、
何ともいい気持ちになり
眠気を催す。