浜下り[はまおり]の由来
昔々、ある御殿に姫が生まれた。
それはそれは美しい姫君で、蝶よ花よと育てられた。
17歳になった頃、御殿は二重にも番人を置き、
姫君は、7重、8重の奥の部屋にいるのに、毎夜、騒がしくなる。
異様に感じた両親は、姫を呼んで話を聞くことにした。
奥方(武士のことばで、アヤ~という)がまず、姫に尋ねた。
アヤ~「姫よ、病気ではないかと思うがどこか悪いのか?」
姫君「別に」
アヤ~「・・・」
姫君「ただ、毎晩のように、きれいな男の人がやってくるの。
・・・楽しくて・・・二人の世界を作っているのよ」
となぜか、顔を赤らめた。
アヤ~「誰だろうね?」
姫君にも分からないらしいので、アヤ~は、
モノシリ(<沖縄の呪術師>サンジンソウというんですがね、と国吉トミさん)の
所に行って、知恵を借りることにした。
モノシリのおばあは、すぐに言った。
「これは、これは、奥方様。
姫さまは魔物に取りつかれていらっしゃる。
今夜、襖[ふすま]をちょっと開けて覗いてみられるといい」
夜になると、殿様とアヤ~は姫の隣室にやって来て、
襖の蔭から娘の様子をうかがった。
・・・案の定、こっそり美声年が忍んでくるではないか!
二人は、顔を見合わせて
「ああ、これは何たることか!」
と、つぶやいた。
アヤ~は、翌日、又、サンジンソウを訪ねた。
アヤ~「やっぱり、(美声年が)やって来たよ。
その上、何といっていいのか・・・、
そのオ、そのオ~ 二人の世界を作っているんですね」
サンジンソウ「そ、その男は魔物ですよ。
奥方様が紡いでいる麻の糸、着物を紡ぐ長い長い糸に針を通して、
男の髪に挿すとよかろうと思いますよ。
男の正体が分かるはずです」
アヤ~は、すぐに御殿に戻って姫に命じた。
「今夜、あの美声年が来たら、
“かたかしら”(結髪、琉球時代の武士の髪かたち)にこの針を挿しなさい」
姫君は、すぐに
「はい、そのように致します」
と答えた。
(国吉さんのコメント:
昔の封建時代は、親の言うことを聞かなければいけなかったから、
素直に聞いたんですね。)
アヤ~は、姫君に
「明日、男の髪に挿した糸を辿って、二人で跡をつけてゆくのですよ」
と考えを言った。
翌朝、アヤ~と姫君は、その一本の糸を辿っていった。
糸はどんどん延びて行く。
ところが・・・
住んでいる御殿からは、
遠く離れた遠い、遠い山の麓[ふもと]にたどり着いた。
糸の端は、暗い洞窟にすっと吸い込まれていた。
・・・きゃっ! こ、これは。
中を覗いてみると、暗い洞穴[ほらあな]の中に目ン玉だけが二つ、
らんらんと輝やいている。
・・・大きなハブだ! これア、た、たいへんだ。
二人は腰を抜かしそうになった。
転[こ]けつ、まろびつ御殿に戻ったが、じっとしてはいられない。
知恵を借りようと、震えながらサンジンソウの家に駆けこんだ。
サンジンソウ「奥方様、姫さまを連れて海においでなさい。
誰も踏んでいない浜の砂を踏みしめて、
海水で下半身をきれいに洗うようになさいませ」
翌朝早く、アヤ~は姫君を伴って、海に出かけた。
誰も踏んでいない白砂を通り抜けて、
サンジンソウの言った通りに
海の水で姫の身体をきれいに洗った。
・・・すると、どうでしょう!
姫の身体から足元へ、小さなハブの子が、
ジャラジャラ、ジャラジャラと何匹も流れてきた。
(書いていても“助けてくれ!”と思うほど、気味の悪い光景です。
読者は悪夢をみないようにお願い、ね。)
姫はもう一度海に入って、潮できれいにみそぎをした。
このようにして、もとのような身体になったが、
これが3月3日のことだった。
(大正12年10月生まれ、
読谷村の民話の会“ゆうがおの会”会長)
(第二次世界大戦中の資料を展示)
旧暦3月3日は、サングワーチャー(3月祭り)といって、
女児のために重箱にご馳走を詰めて遊ぶ風習があった、という。
国吉さんによると、
「琉球の王様が命令を出して、上も下も(士族から百姓まで)
この日には、ウジュー(重箱)を作って、
浜に下りて一日を遊ぶようになった。
“浜下り”は、今も思い思いに行われている」。
国吉さんのお母様がいつも言っていたのは、
女性に人権を与えた原点だということ。
多忙を極めた封建時代の女性を家事から解放する
“遊んでもよい”一日だったということ、だった。
国吉さんは、♪浜下りの唄♪を沖縄語で歌って聞かせてくれた。
初めは全く聞き取れなかったが、
国吉さんの助けを得て、採録する。
♪上下[うえした]ん 遊ぶ[あしぶ] 3月[さんがち]ぬ3日[みっか]♪
(訳:士族も庶民も遊ぶ、3月3日)
♪乳母アンマーん うし連りてぃ♪
(訳:乳母も連れだって、)
♪りちゃよ アカチラぬ 浜下[はまう]りてぃ 遊ば[あしば]♪
(訳:さあ、アカチラの浜に下りて、遊ぼう。)
♪うねたり ウミングワ 魚[いす]じみそり♪
(訳:はい、行きましょう。お嬢様、急いで参りましょう。)
注:アカチラは、地名。
ウミングワは、乳母からはお姫様とかお嬢様を指す。
この“蛇婿[へびむこ]入り”の昔話は、
既出の「洗足山の鬼」(鳥取県)と、
娘の所に来るのが鬼だったが、途中までは同じ内容である。
鬼かヘビかの違いはあるが、
人の忌み嫌うものが相手であったことは意味深長である。
(参照して、前後の差を読み取って頂きたい。)
沖縄の方は、昔話だけに留まらずに、
“浜下り”という風習として定着していること。
3月3日、雛の節句に女の子を守るための行事として、
この昔話が基礎となっていること、である。
なおこの話のハブは、アカマター(姫ハブ)だといわれている。
この蛇は体長130cm位の無毒種。
猛毒のハブとは別種で、太くて短い。
琉球列島や奄美大島の人家周辺や耕地、山地に棲息し、
夜間に活動する。
このヘビは夜間に出てくることから、
清らかなムスメの嫌悪すべき相手に選ばれたのだろうか。