モーイ親方物語(幽霊の恩返し)
モーイ親方が盛毛[せいもう]と呼ばれた若い頃の話である。
ある時、友達と遅くまで遊んだ盛毛は、もう家に帰ろうとした。
盛毛の家は、墓の前を通らなければならない。
墓の前まで来ると、顔を青白くした洗い髪の女が、
おぼろ月夜にぼうっと立っていた。
(幽霊かと思うけど、早とちりしないでね。)
“あれは、何者だろう? 墓の前でうろちょろしているが。”
・・・この道を抜けなければ、家に帰れないしなあ。
盛毛は不審に思いながら近寄った。
勇気を出して女に話かけた。
「アンタねえ、人間なんですか、もしかして幽霊ですか?」
「人間ですよ」
と言う。
「そんなら、なんで今時分、こんな所に居るんです?」
「夫が亡くなってしまい、骨洗いをしようと思って・・・
準備してた所ですよ」
「おかしいな、骨洗いというのは、アナタ一人でやるものじゃあない。
親兄弟や親戚を招んで、みんなでやるものですよ」
「・・・それはよく分かっています。
お恥ずかしいのですが、貧乏していてお金が無いから、
一人でやるつもりだったんです」
盛毛は、気の毒になった。
こんな夜更けに、女一人で骨洗いをやるなんて・・・、
よほど困っているのだろうね。
盛毛は、持ち合わせの金があるから、と
懐から幾ばくかの金を取り出して女に渡した。
しばらくしたある夜、また墓の前を通りかかった。
自分のすぐ前を、知らない男がうろうろと歩く。
すぐに幽霊だということが分かった。
試しに尋ねると、
「自分は幽霊ですよ」
とはっきり答えた。
「なんで、私の前を
うろうろするんです?」
「あなたがこの道を行き来なさるときに、
魔物に邪魔されると困るからですよ」
「どうして魔除けになってくれるんです?」
「実はですね。・・・妻があなたに戴いたお金で、
立派に骨洗いをすませてくれました。
お礼のつもりで、恩返しをしたかったのですよ」
「どうもご丁寧に」
幽霊の気持ちを有難く思いながらも、盛毛は言った。
「幽霊さん、私はね、人と喧嘩をしたことも
恨まれるようなこともしていない。
だから心配はいらないんだ。
今からは、もう私の前をうろちょろ歩かないで欲しいな」
「盛毛さん、幽霊、幽霊と言わないでくださいよ」
と、幽霊はちょっとむくれた。
「ははは、すまん。やっぱり幽霊だけどなあ」
盛毛が帰ろうとした時に、幽霊男は言った。
「何か困ったことが出来たときには、私のことを思い出してください。
恩返ししますから」
そんなある日、盛毛の家柄は殿内[どんち]の家格だったが、
父親がいつになく浮かぬ顔をしていた。
「お父さん、何か心配事でも、おありですか?」
父親「お前に言っても、仕方の無いことだ」
盛毛「何も出来ないかもしれませんが、
心配ごととか苦労とか、おありならおっしゃってください。
親子じゃありませんか!」
父親「そうだなあ。お前の言う通りかもしれないな」
そういって打ち明けたのが、次のような話だった。
国頭(くにがみ、沖縄本島の最北端にある村)の奥まった地域で、
上納金が集まっている。
それを公儀の命令で、今日中に取りに行け、とのことだ。
遠い遠い国頭まで、たった一日で往復するのは、とても出来ない。
ここから早馬でも2~3日、人間の足では4~5日はかかる。
父親「・・・どうしたらよいか、わしは思案しているのだ。
どう考えてもこれは無理な話だ」
盛毛は即座に言った。
「お父さん、私が行ってきます。ご心配ありません」
これを聞いて父親はびっくりした。
「おい、おい盛毛。国頭の奥といったら、どこだと思っている?
お前に出来ることではないぞ」
盛毛「まあ、どうなるかご覧になってください!
(自信たっぷりの息子は、
“細工は流々[りゅうりゅう]、仕上げを御覧[ごろう]じろ・・・”と、
独り言を言った)」
盛毛は胸を張ってそう言うと、
父親から家紋の入った風呂敷を借りて、庭に降りた。
口をメガホンにして、空に向かって
「おお~い、幽霊。来てくれえ!」
そう呼びかけると、幽霊が風を切ってヒュ~ッと飛んで来た。
「何かご用でしょうか?」
(アラビアンナイトの「魔法のランプ」は、ランプを擦ると大男が現われるが、
同じ様なファンタジーの世界ですね)
盛毛「おう、来てくれたか。
国頭の奥へ行って、今日中に戻りたいんだ。
・・・上納金を貰ってね。
私を助けると思って一緒に行ってくれないか?」
幽霊「お易い御用です」
幽霊の肩に手を掛けると、空中に舞い上がった。
ヒューヒューヒュー。
冷たい風を切って、ヒューヒューヒューとものすごい速さで飛ぶ。
木の葉の端がサラサラサラと鳴ってゆくんだな(と、山本翁)。
みるみる内に、国頭の奥に着いた。
国頭のかしらから、上納金を貰い受け、風呂敷に包んだとき、
盛毛は思った。
・・・父上は、ここまで来たことを信用してくれるかな。
そうだ、ここにしか生えていない竹を一本抜いて、
証拠にしよう。
幽霊の肩につかまると、びゅんびゅん飛ばして、
野越え山越え、あっという間に家に着いた。
盛毛「お父さん、ほれこの通り、上納金を貰ってきましたよ」
父親は、目を丸くしながら言った。
「おいおい、その金、どこで盗んで来たんだ!」
「何をおっしゃるのですか。盗人なんかじゃありませんよ。
風呂敷はさっきお借りしたものですし、
・・・それに、この竹・・・」
竹を取り出すと、父親はまた驚いた。
「ふうん、これはしたり。
国頭の奥にしか生えていない竹だよ。
ほ、本当にお前、行ってきたのか!」
ようやく父親は納得した。
山本さんの締め
「この金を公儀に持参して、父親は
御用を済ますことが出来たという話です。
幽霊の恩返し、おわり」
本文に書かれている骨洗い(洗骨葬)は、
遺体を埋葬したあとで、洗い清めて再び、埋葬したり、
納骨して本葬にすることである。
東南アジアの一部から、台湾、中国や
朝鮮半島の一部にも同様に行われている、という。
たまたま、与那国の民話を取材していたところ、
洗骨について、次のような 興味深い話を聞く機会があった。
語り手は、私設の与那国民俗資料館を経営している
池間苗さん(2003年5月、82歳)で、
生粋の与那国っ子である。
洗骨の有様は、内地では行われないので、
事新しく響いた。
・・・そうさね、亡くなると、49日の間というものは、
毎日のように朝夕、墓にお参りするの。
特に初めの1週間は、もしかして、生き返るかもしれないからね。
埋葬といってもね、土の中に土葬するのじゃなくて、
お棺の中に寝かせるの。
きれいな着物を着せて、カバーをかけるの。
カバーをかけるなんてのは、与那国だけよ。
上に砂利をいっぱいかける。
お棺を開ける時期は、3年とか、5年経つ頃ね。
家族のエトや年まわりを考えて開ける。
するとね、肉体は土に戻って、まっしろな骨だけになって出て来る。
ずうっと手前に棺を引き出すときには、日除けを作ってあげる。
どこの家でもちゃんと作るさね。
白くなった骨を親族がみんなして、洗うの。
「こんな姿になったの!」
と、泣きながらね。きれいに洗って、消毒する。
墓の前では、そのあと御膳を並べて、みんなで食事をとるの。
洗骨はこのように執り行われるのである。
“二度目の葬式”とされる洗骨の儀式は、
遺体を丁重に取り扱っている証[あかし]であり、
故人崇拝のあらわれでもあろうか。
また、故人の追憶を一族が共有して、
結束を確かめる記念日にもなるだろう。
本編は、そういった、一族にとって意義の深い儀式を
盛毛の力もあずかって執り行えたという話である。
山本翁は、
「幽霊は、かならず約束を守るんだ」
とポツリと付け加えた。