屁ったれ嫁っこ

(秋田県、横手市)

昔々あったぞん。
あるとこサな、めごい嫁っこ来てあったと。
その嫁っこ、三日四日経ったバよ、
青い面して、元気ねくなったんだと。
その家の婆さま、心配[しんぺ]して、

「あね(嫁っこ)、あね。
おめえどこか、あんばい悪いなだか?」

したば、嫁っこ

「おら、何でもねえス、悪いとこねえス」

「だっておめえ、しゃべらなくなったス、
青い面して黙っているシャー」

(以下では、全国区の読者のために、目で読む容易さを考えて、
会話のみ注を入れます。)

語る高橋肇氏
語る高橋肇氏

「いいか、嫁っこに来たんだから、
この婆んばが親代わりだからな、
困ったことがあれば、何でも婆んばに言ってほしい
(いいか、嫁っこになって来いば、 この婆んばが親代わりだからな。
困ったことあれば、何でもおれサ言え。)

「そんなら、言います。
おナラをしたいんです
(したら、言いス。おれ、屁、出はるんス)

「何? 屁って尻からプッと出すヤツか?
そんなもの、好きなときに出したらいいだろう?
(しだらもの、好きなときにやったらよかんべた!)

「自分なんか、嫁っこにきてすぐに、
お義父さんに屁をぶっかけたもんだ。
好きなときにやったらいい。
(おれなの、嫁っこに来だ時がら、
爺んじサぶっかけだもんな、好きなときやってみれ。)

嫁っこ「だって・・・ おら・・・」

「だっておら、でないよ。早くやったらいいだろう
(だっておら、でねえ。早くやれた。)

嫁っこ「そうなら、おかあさん、
お願いですから、その囲炉裏の当木縁[あてぎぶち]に、
しっかり掴まってくださいな
(したら婆さま、頼むンテ、そこの囲炉裏の当木縁サ、
ぎしっとたじまってたんしぇ)

「なんで、おまえが屁こくときに、
当木縁に掴まらねばならないのかねえ?
(おめえ、屁垂れるとて、なしておれ、
当木縁にたじまらねば、ダメなのよ)

嫁っこ「お願いですから、つかまってください
(どうか、頼むんス。たじまってたんしぇ)

「仕方がないなあ(仕方ねえやな。)

婆さま、ぎちっとつかまった。

すると、嫁っこやってくれたんですね!!

ブウ~~~、アア~~~と、
やるやいなや婆さまは、当木縁を持ったまま、
ボッ~~~、ボッ~~~と、
天井に向かって昇って行ったという。
昔の家は、天張りなどなく、
煙出しの大きな穴が、屋根の上に空いていた。
そこからフワ~~~と上がっていって、
屋根の上で、グル~~~と、回り始めた。

「きゃあっ、目がグルグル回るから、
屁の元を止めてくれっ! 早く早く
(あね、あね。まなぐウルウルじくなってきたじゃ。
早く屁の元、止めてケロ。)

「まだ、止まらないんです(だったってまだ、止まらねもの。)

「早く止めてくれ!(早く、止めてケロ。)

「そんなら止めますよっ(したば、止めるんス。)

嫁っこは、止めたのだが、
何と婆さま屋根の上からバタンと落ちて、
地面にバーンと腰を打ち付けてしまった。

「痛い、痛い(痛え、痛え。)

とうめいているところに、息子が戻ってきた。

「婆ちゃん、どうした、どうした!
何? 嫁っこが屁をぶっ放して、屋根の上に飛んでいったと?
屋根から落ちて腰を打ったんだと?
(婆、何した。何した。何や? 嫁っこ屁ぶっかけて、
屋根の上サ上げてや? そっから落ちて腰ぶったベカ?)

「そんな嫁っこは、恐ろしくて家に置かれないよね。
出て行って貰おう
(そういう嫁っこ、恐ろしくて家サ、置かれねえベヤ?
出はっていって貰うんス。)

嫁っこは、風呂敷包み一つしょって、
トボトボ、トボトボ歩いていた。
ちょうど秋だった。
子ども達(わらし達)が栗の木の下に集まって、

「おれ、あの栗の実を落としたいんだけど、
木登り出来ないものな
(おらあ、あの栗っこ落としてえども、木登りできねえものなあ。)

としゃべっていた。

嫁っこ「私が落としてやるから、おまえ達は、
あっちの杉林に行って、 ぎっちり杉の木を掴んでいろ。
手を放したらダメだよ
(いい、いい。おれ、落どしてけるから、おめえ達、
あっちの杉林サ行って、ギチッと杉の木サ、たじまってれよ。
手放したらダメだぞ。)

嫁っこは、着物の尻をはしょって叫んだ。

嫁っこ「用意、いいか。木につかまったか?
(いいか、たじまったか?)

わらし達「は~い」

何と、嫁っこは、栗の木に向かって、
一発バ~ンとやった。
栗の実はバラバラ、バラバラッと落ちてきて、
ワラシ達は大喜びした。

この話が広がって、あちこちから

“リンゴもいでケロ、梨もいでケロ、柿もいでケロ!”

と、声がかかるようになった。
声がかかる度に、ブーンバラバラ、ブーンバラ~~~とやって、
金儲けするようになった。

この話を婆さまが聞きつけて、

「何とそんなら、屁ったれ嫁っこでないぜ、宝嫁だ
(何とそれナバ、屁ったれ嫁っこでねえわや、宝嫁だ。)

「さっそく、家に戻ってもらわないとダメだな
(早速、家サ戻って貰わねばだめナヤ。)

それからは、嫁っこは家にもどって、
とても幸せに暮らしたそうだ。

横手市のかまくら風景
横手市のかまくら風景
写真提供:(社)横手市観光協会
とっぴんぱらりのぷう

スーちゃんのコメント



【語り部】 高橋肇氏(1934年生まれ)
CD版「日本の民話、秋田県」(ラジオ深夜便「民話を語ろう」(2005年6月12日放送分)をNHKサ−ビスセンタ−から刊行、販売中。定価1890円。
【取材日】 2003年4月28日
【場 所】 横手市、顧客利便施設
コーディネーター 黒沢せいこさん
【同 席】 横手市「とっぴんぱらりの会」の有志の方々
【取 材】 藤井和子

皆さんは、屁が唄う話を信じるだろうか。
それは、「竹切り爺さん(島根県)や「鳥呑み爺さん(山梨県)
昔話の世界でしょ、と言いたそうですね。
いいえ、屁が唄い、
音声や調子を演じることが出来るという奇想天外なことが、
実際にあったのである。

フランスで、この奇異な演奏家(?)
実在したというから驚きである。
頃は、19世紀末、フランスのムーラン・ルージュで、
伝説的なフランスの女優サラ・ベルナール(1845~1923)
をはるかに しのぐ興業成績を樹立した
“ジョセフ・ピュジョール”(1857~1945)だった。
彼は、おなら男と呼ばれ、大変な人気を博したらしい。
身体を前後左右に揺らしながら、
♪ラ・マルセイエーズLa Marseillaise♪を演奏出来たという。
フランス国歌を尻で演奏してもおとがめなし。
すがすがしい自由さは、国民性というべきか。

これに対して、本篇の嫁っこの放屁は、風圧がテーマである。
彼女の屁は強力であり、その上、木の実を落とすなど実利的である。
しかし、比較するのもヘンだが、
例えば火事場の水道ホース口から出る水圧で、
栗の実を思いのままに、一発で落とせるものだろうか?

屁の風圧の方は、ユ−モラスというより、
若い嫁っこが尻からげして・・・と、
シーンは、下ネタ風になる。
また、こういう人物の実在は疑わしい。

なぜか?
人間として腸内ガスには定量があり、
その制限を越えてガス量をため込むことは、不可能だからである。
健康な人間は日に200~2000ml、
平均して600mlのガスを放出するという。
おならというと、ス~ッとひそかに出るヤツもあれば、
ブッと出たり、臭いが立ちこめる厄介なのもある。
腸内ガスは、唾液を燕下する時に呑み込む空気が、
腸内を通る際に化学反応を起こし、
腸内の血液とも反応しあって、生成されるものだという。

強烈な臭いは、微量の硫化水素(SH2)のなせる技だ。
玉子の腐った臭いのアレね。
満員電車の中で、ひたすら上を向いて風(?)を避け、
次の駅に到着することを願った人も多いだろう。

人間技では、この域に達する放屁が出ないとすると、
風の神のしわざと考えたくもなる。
風の神様が人間に化けて・・・
これは、不肖スーちゃん作のもう一つ別の民話になる。

風圧の屁の民話は、何となくありそうな話ではあるが、
寡聞にして、今なお聞き及んでいない。

芝居小屋の看板
芝居小屋の看板(平賀源内作「放屁論」の挿絵より)
四つんばいになって、着物をまくり屁を操って、
さまざまの音を出す屁男の看板絵。